古典を読んでいるとたまに「なんだこの話」というのがありまして、以下の話も僕が少々興味を惹かれたものです。『大和物語』という平安時代に成立した「歌物語」というジャンルの本。和歌を中心とした様々な物語が語られている中、少々かわいそうな男性の話がありました。古典とはいえ、肩肘はるもんでもありません、気楽に読んでくださいまし。
なるかみ訳 『大和物語』 六十五段 玉すだれ
南院の五郎、三河守にてありける、承香殿にありける伊予の御を懸想じけり。
「来む」と言ひければ、
(訳)
南院と呼ばれた方の五男で、三河の守であった人がいたよ。で、その人はあるとき承香殿で働いていた「伊予の御」という女性が気になって仕方がなかった。そこで「ちょっと遊びにいっていい?」と言ってみた。
・・・なんというかいじましい男性の姿が思い浮かぶ。気になる女性をなんとかデートに誘えないか。こちらが傷つかない程度にスマートに誘いたい。こういうの、もう僕にはないだろうなあ。女の子にさりげなく「今度どっか遊びに行こうよ」と言ってOKをもらって有頂天になったのも遠い昔。さて、五郎の首尾はどうだった?
「御息所の御もとに、内へなん参る」と言ひおこせたりければ、
(訳)
「仕事があるからダメ」だって。
・・・おおお、なんという仕打ち。五郎がっくりですよ。そこで五郎は
玉すだれうちとかくるはいとどしく影は見せじと思ひなりけり
と言へりけり。
(訳)
「仕事とか言って、ホントは会いたくないんじゃないの?」
と言ってやった。また
歎きのみしげき深山のほととぎす木隠れ居ても音をのみぞ鳴く
など言ひけり。
さらには未練がましく、「まるで僕はホトトギスのように泣いているよ」という内容の歌を送ったとさ。
いろいろ五郎もあれしよう、これ話そうと考えていたろうに、すげなく断られてかわいそうだ。平安人だろうが現代人だろうが、こういう男子はいつでもいるもんだ。しかし、五郎はめげず、色々と他にもメールしたり声をかけたりしたのだろう。ついに彼女の家に行くことに成功する!
ただ、家に行くったって平安時代のこと、すだれを隔てて縁側に座っているような感じですよ。もちろん相手の顔なんかわからない。それなのに恋心を募らせる五郎。さて、この後どうなった!?
かくて、来たりけるを、「今は帰りね」と、やらひければ、
(訳)
やっと彼女の家へいったものの、「もう帰ればぁ?」と追い返されてしまった。
悲惨!五郎、悲惨!
あまりの辛い仕打ちに五郎はこう詠んだ。
死ねとてやとりもあらずはやらはるるいといきがたき心地こそすれ
返事をかしかりけれど、え聞かず。
(訳)
僕に死ねとでも言うように追い返すの?もう生きらんないよ!
その後返信があり、面白いものだったらしいけど、それを聞くことはできないんだそうな。
しかしわれらが五郎はまだ諦めないよ!今度は雪が降る趣のある晩(気分はクリスマス!)に彼女の家へ再び訪れる機会が!さてどうなった!?
また、雪の降る夜、来たりけるを、もの言ひて、
「夜更けぬ。帰り給ひね」と言ひければ、帰りけるほどに、雪のいみじく降りければ、え行かで返りけるほどに、戸をさして開けざりければ、
結局のところ
「夜遅くなっちゃったから、もう帰ればぁ」
と言われてしまう!もう終電ないのに!
すごすごと彼女の家を後にする五郎だったが、あんまり雪がひどく積もっているので帰ることもできないよ!だから戻って開けてくれ、と頼むがガン無視!
われはさは雪降る空に消えねとや立ち返れども開けぬ板戸とは
となん、言ひて居たりける。
(訳)
じゃ、僕なんて雪の晩に消えちゃえってこと?引き返したのに戸を開けてくれないってことは?
五郎はどうにもやるせない気持ちを抱えて一晩中雪の中立ち尽くしていたのだろう。カノッサの屈辱もかくや!この上ない振られっぷり!さて、その後、その女の子はなんと語ったか。
「かく歌も詠み、あはれに言ひ居たれば、『いかにせまし』と思ひて覗きて見れば、顔こそなほいとにくげなりしか」となん、語りしとか。
(訳)
「そこそこ歌も読んで、ちょっといいかなって話して、付き合っちゃおうかな、とも思ってそっと顔を見たのね。そしたらさ、顔がどうにもイヤなの!」
結局顔ですか。平安時代だろうが「ただしイケメンに限る」は同じでした。
もはやマディソン郡にでも行かない限りは恋愛の機会がない僕だけれど、五郎と同じように見苦しい振る舞いをしたことは何度もあった。でもその思い出は棺桶に持ってきますが。
そうそう、昔新宿駅でこんな場面に出くわしたことがあった。
大学生のサークルの飲み会後だろうか、JR東口地下の改札あたりに二十人程の若者がたむろしていた。僕も何かの用事でそこにいたんだけど、なにやら女の子一人を相手に二人の男の子がこんなふうに言っていた(あるいは詰め寄っていた)んだな。
「ねえ、もし世界にコイツと、オレしかいなかったら、どっち選ぶ?ねえ?」
だって。女の子は困ったように、でもまんざらじゃない様子でもある。そして思わせぶりにニコニコしながら「うーん」と言葉をにごしていた。
結局その答えを僕は聞けなかったけど、男子二人にとっては、酔った勢いに紛らわしてはいるが、実はかなり切実な質問だったに違いない。
自分が渦中にあればみっともないことこの上ないけれど、客観的に人のこういう振る舞いを見るのは残酷な興味もあって今も思い出せるのです。そのようにして僕も誰かの記憶に残っているのだろうか。
恥ずかしながら恋愛小説の側面もあります