音楽と本

僕のカルチャーセレクトショップ

車とわたくし

 僕は現在コペンを愛車としていますが、これはもう何代目かの車だ。これは今の身の丈にあった車なのだろうけれど、実はお金があれば乗りたい車なんてたくさんある。 

 若者の車離れなんていう言葉もあるが、こちらとしては生活必需品なのだから離れている場合ではない。そして、毎日乗るからにはそれなりのものに乗りたいよ!もしもう少し収入があって生活に余裕があれば僕はアウディのTTクーペがいいな。

 写真が出ない

 見た目はこちらですね

 

 現行モデルは高くて買えないが、ひとつ前のモデルならなんとか買えるんじゃないか?と人知れず思っているのです。

 こちらの形の方です

 

 まあ、これってお金がないから中古で外車を買って、背伸びして見栄を張るっていうちょっと寂しいことだけれど、やはり子供の頃スーパーカーブームの洗礼を受けた身としてはスポーティな車に乗りたいと思ってしまうのですよ。

 

 そんな僕は大学を卒業してバンド活動に専念していた時に必要に迫られて車を初めて買った。バンドの練習は深夜一時くらいまでやるのでどうしても帰りが遅くなり、三鷹から京王堀之内に帰る電車なんてない。仕方がないので父親に泣きついて、おじさんが乗っていたそれなりにくたびれたトヨタトレノを5万円くらいで譲ってもらった。大学を卒業してもスネカジリの恵まれていた僕、本当に親には心配をかけた。

 スプリンターじゃないやつでしたが

 

 それにしても車があるとやっぱり違うよね。この車のおかげで、バンド活動の他にも夜中に突然思いつきで仲間と海に出かけたり、風邪をひいた時には100mしか離れていない病院に乗っていったりもした。

 しかしそのうちにバンド活動に挫折した僕はただの日常の足としてその車を使うようになっていた。そしてある日、近所のコンビニに行こうとして通りに出たとき、右折の際に植え込みに隠れて見逃していた車に激突!当然相手の車は大破!降りてきたのは中年のおじさん!しかもえらい怒っている。

「おい!なんてことしてくれたんだ!これ先週売れたばかりなんだぞ!」

 とにかく勢いのある人で20代の若造である僕は気圧されっぱなし。警察を呼んで、あとは保険屋の仕事。全面的に僕が悪く10ゼロというトンデモない結果に。ああ、嫌な思い出だなあ。さすがに二十数年前の出来事だから客観的に考えられるけれど、当時は相当ヘコんだ。へこみすぎて「事故記」という随筆を書いてしまったくらいだ。「その日は雨が降っていた。僕は買い物をしようと車に乗りこみ・・・」のような調子で書いたと思う。何やってんだ。それにしてもあれ、どこにいったのだろう?引越しの時に赤面して捨てたのかな。

 

 当然僕のレビンも全面がボロボロでみすぼらしい姿を街中に晒すこととなった。前面が歪んで走行がおぼつかないのでその後廃車にした。

 そういえば、こちらの記事に出てくる会社の後輩のサイコパスサクライ(遅刻をしたり仕事に穴を開けても平気の平左という男)は

 この頃は若かった

 信号待ちしているトラックに自分から突っ込み、20万円で買った軽自動車の前面をひしゃげさせた。しかし金のない彼は直すこともできないので、少しずれたヘッドライトをガムテープで補修しかなり情けない姿の車で通勤している。時折彼の車が壁に前面を向けて駐車している(さすがにガムテバリバリの車を見られるのは恥ずかしいらしい)のを見つけて思わず吹き出してしまう。

 

中途半端ですが明日に続きます

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夢一夜

 こんな夢を見た。

 東京駅だらう、自分は新幹線に乗ってゐる。乗ってゐると云っても坐ってゐるわけではなく、中学生の長女が座席に坐ってゐるのを傍から立って見守ってゐるだけだ。

 新幹線と云う割には、なぜか窓はなく、座席も五人で一列でありその一番端っこに黒いズボンを履いて彼女は坐ってゐるのである。座席は皆埋まって居り、誰ひとり声を上げぬ。

 無論長女も無言である。自分のとなりには細君が立って居り彼女もまた無言である。

 軽い衝撃を感じたのでどうやら新幹線は動き始めたらしい。長女はこのまま一人で九州に行かねばならぬ。そして現地で学校の担任の先生が彼女を待って居り、そこでようやく大人の保護の下となるのだ。自分と細君は新宿で降りねばならぬ。ふと新幹線は新宿に止まるのか知らんと思ったが、それを細君に問うても訝しげな顔をしてこちらを見るだけだ。九州までは4時間かかるらしい。その間、長女はこの場所にたったひとり坐りっぱなしである。

 父親として非常に不安な気持ちを抱えたまま新宿に到着する。我々はここで降りねばならぬ。挨拶もそこそこに電車を降りた。

 しかし自分はいつの間にか寝込んでしまったらしく、気がついたら見知らぬ列車に乗っていた。細君の姿はどこにもない。どうやら自分は見捨てられたらしい。窓の外を見ると非常に天気が良く、空には刷毛でさあっと掃いたような雲が浮かんでゐる。

 慌てて電車を降りると駅名の看板が見えた。

「長崎伯仲駅」

 と書いてある。

 はて、小田急線にそんな名前の駅があったのだらうか、全く思い出せないまま自分はホームを歩き出すことにした。一体ここはどこだ。皆目見当もつかぬ。線路はまっすぐに向こうへと伸びており、その向こうには青い山が稜線もなだらかにくっきりとした姿を誇っている。

 こちらのホームは下りらしく、反対側にもホームが見える。駅舎はなく、屋根もない。人影はまばらだが、動きはある。柵越しにロータリーが見え、そのロータリーの中心はかなり広い芝生の広場である。

 自分はまずここが日本のどこかと決定する必要があると思った。そこでホームのどこかに地図はないかと探し始めた。しかし、地図は一向に見つからぬ。おそらく神奈川県のどこかであらうとは思うのだが果たして長崎伯仲などという場所が神奈川にあっただらうか。そのうちに一枚の絵を見つけた。緑の半島が海へと突き出しているだけの簡潔な図で、その先に矢印が刻まれている。どうやらここは海の近くらしい。となると三浦半島あたりなのだらうか。

 しかし相変わらず場所を特定できぬので一旦ホームを戻ることにする。すると先程は気がつなかったのだが、柵にTVモニターが貼り付けてあるではないか。おそらくこの土地の紹介になっているに違いないと思った自分は食い入るようにそれを見つめた。ところがそこに映し出されている絵は、小さなせせらぎが砂利を透かして見せている綺麗な河川へと流れ込む映像のみである。

 全く参考にならないのでどうしたものかと逡巡した挙句、上りの列車に乗れば新宿へと帰れることに気がついた。折しも向かい側のホームには列車が来るという構内放送が流れているではないか。

 自分は全力疾走で反対側のホームへと向かう階段へと向かい駆け上った。

 階段を降りきったところに一人の腹の出た中年男性が立っていた。

 彼はピンクのポロシャツに身を包み、右手には煙草を挟んでいた。銘柄はきっと敷島であらう。どこかテレビで見たことのある顔でもある。しかし名前は思い出せぬ。とにかく自分は急いでいた。しかしその男はこちらの姿を認めるとおもむろに近づいて来て自分の手にその敷島を押し付けようとするではないか!

 驚いた自分はあなたそれは傷害じゃないですかと叫び糾弾した。しかし男はアルカイック・スマイルを浮かべたまま再び敷島を自分の手に押し付けようとしてくるのだ。自分は彼を何度も押し、傷害だ、傷害だと叫び続けた。すると突然ホームに銀色の窓のない、箱のような電車が一両編成で飛び込んできた。自分ははっと我に帰った。この電車に乗らねばならぬ。

 そこで自分は駆け出し、まろびつつ電車に飛び込んだ。電車の中は誰も居らず、照明がついて明るかった。外から見た様に窓はなくただの部屋のやうでもある。そうして一気に進行方向へと運動を始めた。間髪をいれずドアの開く音が聴こえる。

 

 「ガラガラ!おとうさん、おはよう!」

 「あれ?小5の娘?今何時?7時?ピンクのポロシャツのおじさんは?うわあ、久々にストーリー性のある夢みたなあ!」

 

 人の夢ほどつまらないものはないですね。こちらは唯一の例外

夢十夜

夢十夜

 

 

これも僕の夢

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2年後...

 今日は長女の誕生日。14歳になりました。おめでとう!よく育った。

          f:id:otominarukami:20181126214306j:plain

 

 そんでもって実はこのブログもそう意図したわけではないのだけれど、ちょうど二年前の彼女の誕生日に開設したのです。

 いや我ながらよく続いてるね。

 

 さて一年半前くらいから毎日書くということを続けて、現在どうなっているのでしょうか。これからブログをはじめる方や、始めたばかりの方、ブログを続けるということに関してそれなりに興味がある人もいると思いますので僕のケースを書いてみようと思います。

 

 以前からこのブログをご覧になって頂いている方はうんざりするほど刷り込まれているでしょうが、そもそもの開設の動機は2年前に書き上げたヘビーメタルと文芸少女」という小説をひとりでも多くの方に読んでもらおうというものでした。

 

 書きも書いたり18万文字。これで天下取れるとか大いなる中年の勘違いから生まれた文芸ヘビーメタル大河小説。でもいまだにこのブログのおかげでしょう、ほそぼそと読まれている。現在8428PVですよ!

ほんとね、僕のある人生の時期における魂の一部なんです


 つまりは、カクヨムはてなブログシナジー効果を狙って始めたのです。意外に小規模のシナジーは生まれているようです。そうして調子に乗った僕は、娘のために二作目を執筆し完成させました。

 

 小学五年生の小学生が土管を通って自分の住んでいるそっくりの街へ行くけれど、そこは神隠しの街で、サオリという女の子とショッピングモールだけが機能していた

 少年の頃の思い出+ゾンビのショッピングモール(ゾンビは出ませんが)+ファンタジーです。クライマックスは自分でもよく書けていると思います。

 こちらは短いのですぐ読めますよ。読んで!

この機会にぜひどうですか!一瞬コアなファンの方がつきました

 

 そうして更に三作目を書いたものの、閲覧数が伸びず、途中で書くのを止めてしまった。

古事記+バンドという異色すぎる組み合わせ

 小説は全部書き上げてから投稿するのがいいですね。やはり読まれていることが一番のモチベーションですから。

 

 

 しかし小説って結構エネルギーがいるのですよ。構想・推敲ですぐに時間が経ってしまう。その点ブログならそこはかとなく書きつくればよいので、それがあやしうこそものぐるほしけれだろうが問題なし。そうして書いた記事数は現在約650。

 

 そうしてこの記事数のおかげで毎日のアクセスは大体300〜500程度、日によっては700とか行く時もあります。そういう日は週末や連休が多いですかね。みんなスマホとかでのんびりしながら見たり検索したりするのでしょう。

 そんで月間のトータルは12000〜14000くらいですかね。スタートして半年くらいの時は一日30人位のアクセスで大喜びしていましたので、そこからすれば大進歩ですよ!やはり閲覧数が一番の励みになるので毎日続けられるのです。

 

 加えて2日前には読者の方が100になりました。ありがとうございます。長くやっている割に僕のブログ読者数が少ないのですが、これってどうなんですかね。いまだに読者の増やし方ってわからないんですよ。ときおりすごい数の読者をお持ちの方がいらっしゃるがどうやってんだ。やはりアレですかね、興味のあるブログの読者になって相互提携をするのでしょうか。僕は基本人見知りなので自分からあまり読者になったりしないんですよ・・・。それでも読んでくださる方、本当にありがとうござます。

 実際この読者の数ってどうなんですかね。というのもおそらくブログを始めたはいいものの、思ったように運営ができずに放置というケースも多々あると思うので僕の100という数字だって全員がご覧になっているわけではないでしょうから。

 とはいえ何人の方とはブログの上だけとは言え、それなりの交流があって面白いのですね。コメントをくださる方たちは本当にありがたいです。これからもよろしくお願いします。

 

 最後にいくつかのお気に入りの記事を載せておきますのでよほど暇な人はどうぞ。

 

 10月に行ったディズニーランドの僕なりのガイド。ぶらっとプチトリップ記事なんだけれど、現実と虚構が入り混じったクライマックスが僕なりに気に入ってます

 

 検索でいつも上位にくる記事。なんでだ。でもこちらも失敗をうまく記事に落とし込めた自分なりの傑作 


  僭越ながら、実は僕が記事を書く上で一番心がけているのは「笑ってくれるかな」ということなんですよ。日常の僕は人を笑わせるのが好きなので、何とかしてその感じを記事でも出せないかと日々試行錯誤しているわけです。それは僕が幸運にも若い頃沢山の面白い人たちと会って、笑って過ごしてきたから。

 「音楽と本」は素人ブログですが、たとえば電車で何気なくスマホを使って見ている人が思わず吹き出してしまう、そんな内容が書ければナァと思っております。基本、僕の記事の常套手段としてのお題からのおもしろ思い出へとつながるタイプの記事がそれなんですけどね。

 

たとえばこれとか 

 

この記事はノリノリで書いてものすごい字数になった

 

 「ここまで○○一切関係なし!」が僕のお気に入りフレーズ

 

 

 今日の記事、中身なし...

 

絵本でビブリオバトル?!

 ※以前書いた記事の加筆訂正となります 

 だいぶ前にこんなことを偉そうに書きました
  

 そんで今日小5の娘と話していたら今度クラスで絵本のビブリオバトルがあるんだって。

 絵本といえばそれはもう僕、娘が小さい頃毎週のように図書館へ行って僕のセンスで沢山借りては読んで聞かせたものですよ。また自腹でいろいろ買ったりしたんだけれど、そういうものはみんな天井裏へとしまってしまった。そこでそれを引っ張り出してご紹介します。

 

             まずはイソップ童話の本。

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「○○童話」と冠がつくものはあまたあれど、イソップほど普遍性を持つ物語を作った人間はいるまい。室町期にはすでに「伊曽保物語」として日本に入ってきており、その時代から日本人にも親しまれているのだから。これはブックオフあたりで100円くらいで買ったんだけど、ちょっとすごいのがあったので捨ててないのだ。

 

 イソップは童話というよりも寓話である。登場するのは、ほぼ動物でそれぞれが自分の能力以上に思い上がり、その結果ひどい目にあうというのが基本的に物語の構造だ。彼は手を替え品を替え、様々なケースで陥穽にハマる動物たちを描写し、それを読む我々に対していかに人間が愚かであるかということを見せつける。

 

 そうして現代にも脈々とその精神は受け継がれ、子供の文化にも浸透しているのです。それにしてもこの話はひどくないか。まずは大元のお話を紹介します。

 

 

       伊曽保物語より  蛙と牛とのこと

         (牛を見た母親とその子供のカエルの話。)

 

※太字が大体の意味です

 ある河のほとりに、牛一匹こゝかしこへ(あちこち)餌食をもとめ歩きはべりしに、蛙これを見て心に思ふやう、

  ある川のそばで牛を見た母親カエルが思った

 

「わが身をふくらしなば、必ずもやあの牛のせいほどなりなん」

と思ひて、きつと伸びあがり、身の皮をふくらして、子どもにむかつて、

  私が体をふくらませれば、きっとあの牛の大きさくらいになるだろう」と腹を膨らせて子供に向かって

 

「今はこの牛の背丈ほどなりけるや」

  「牛くらいの大きさになったかしら?」

 

と尋ねければ、子どもあざ笑ひて云、(ここがヒドイ)

「いまだ其位なし。はばかりながら、御辺(あなた)は牛に似たり給はず。正しくカブのなりにこそ見え侍りけれ。御皮の縮みたる所侍る程に、いますこしふくれさせ給はば、あの牛のせいになり給ひなん」

  子供は「全然ダメだよ、ママ。まるでカブみたい。まだ縮んだところあるから膨らませればいーじゃん」とあざ笑った

 

と申ければ、蛙答て申さく、

「それこそいとやすき事なれ」

  と言われたので「そんなの簡単よ!」

 

といひて、力およびえいやつと身をふくらしければ、思ひの外に皮にはかに(急に)破れて、腸(はらわた)出て空しくなりにけり(死んでしまった)。

 そのごとく、およばざる才智位を望む人は、望む事を得ず、終にをのれが思ひ故に、かへつて我身をほろぼす事有也。

  力いっぱいお腹をふくらませたとたんパァン!と急に破裂し、内臓が出て死んでしまった。このように無理な地位や才能を望むと身を滅ぼすよ。

 

 ちなみにかわいい絵柄だけれどママのお腹が破裂している絵が1ページ使って描かれているのだ。気になる人は探してみてください。

 

 

 さて、丁度娘が4歳くらいのときに流行った「ダース・ヴェイダーとルーク(4才)」も当然読ませた。姉妹編のプリンセス・レイアも買いましたよ。子供は一緒になって笑ってみていました。今でもたまに見ている。よし!

                大判の本は下で紹介します

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 大きめの本の方、字はないけれど偏執狂的な書き込みが暇つぶしに持ってこいの「WHERES WOOKIE?」。アマゾンでたまたま見つけてアメリカから注文しました。 

Star Wars: Where's the Wookiee? Search and Find Book

Star Wars: Where's the Wookiee? Search and Find Book

 

 日本未発売。でも絵だけで構成されているのでノープロブレム!必ずどのページにおチューバッカが隠れているんだけれど、そのほかグリードやバウンティハンターなどもいるので探す楽しみがさらに倍増。まあ、言ってしまえばスターウォーズ版ウォーリーなんですけどね。

              さあ、チューバッカはどこだ!探してごらん

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 あとよく読んでいたのは「フェリックスの手紙」。

           買い与えた僕自身はそんなに見なかったけど

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 うさぎのぬいぐるみが海外に出かけて、そこから持ち主に手紙を書くという体裁の絵本。絵葉書や地図などのギミックに溢れているので子供はかなり楽しめるはず。

           全て日本語版として対応しています

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 最初、誰かがフェリックスの代わりに代筆しているのではないか?と勘違いしてヒヤヒヤしていたが、どうやら違うようです。

            地図やポストカードが充実!

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 以下、僕が娘に買った絵本をいくつか列挙しますよ。

 「たかこ」

たかこ (絵本・こどものひろば)

たかこ (絵本・こどものひろば)

 

 クラスに転校してきた平安朝のお姫様、というブッ飛んだ内容。古典好きとして一も二も無く買って一緒に読んだっけ。別にタイムスリップしたとかそういうわけではなく、本当に唐突にこんな子がやってきたという設定。

 たかこは現代語は話すことができず、セリフは全て古語なのだ!最初のウチは珍しがられていたたかこだが、その習慣や言動からクラスの一部の子に疎まれてしまう。このあたり、転校生いじめのメタファーとしても読めるけれど、最後は遠足先で雷雨に遭ったとき、みんなが逃げ惑っているところにたかこが

「わが うはぎを つかひたまへ」

と着ている十二単を投げてみんなをその下に避難させ、大団円。

 確かこの作者はこれがデビュー作だったはず。非常に良い絵本だと思いますよ。

 

次はちょうどその時期、僕自身がはまっていた月旅行をテーマにした絵本、その名も「月へ」

月へ アポロ11号のはるかなる旅

月へ アポロ11号のはるかなる旅

 

 

 ライアン・ゴズリング主演の「ファースト・マン」が待ち遠しいけれど、人類がどうやって月へとたどり着いたのかを綺麗なイラストで詳細に描き出した素晴らしい絵本。娘、これ使えばいいのにな。でも学校にある本で選ぶそうだからあるかどうかは不明。

 

 今見ても怖い「もりのおばけ」。

 すべてが白黒

もりのおばけ (こどものとも絵本)

もりのおばけ (こどものとも絵本)

 

 

 これ、知っている方もいるでしょう。森の中で超デカイ顔のお化けがはぐれた弟を探す兄をおどかす。こんなの出たら今だって腰抜かすし。

            こんな動画を上げている人がいました

   

 あとはこれ、三匹のヤギとがらがらどん

これも有名だよね 

三びきのやぎのがらがらどん (世界傑作絵本シリーズ)

三びきのやぎのがらがらどん (世界傑作絵本シリーズ)

 

最後にお化けのトロルは木っ端微塵にされ、川に肉片が飛び散るという結構なバイオレント描写 !逆にかわいそう。これ幼稚園とかで読んだりするときどうしてんのかね。

 

 絵本の話おしまい。娘は何を選ぶのだろうか。

 

今読んでくれている人、ありがとうございます

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弾けないギターを弾くんだぜ

 スカボローフェアの話から始めて、有名アーティストの一部の曲しか知らない僕の話を書こうと思ったら、全然違う方向へ進んでしまった昨日の記事。そうして今日も行き先不明。僕は何を書こうとしているのか?

 

 サイモン&ガーファンクルは小学校5年生の時に始めて聞いたのかな。

 小学5年生になると僕の通ってた小学校ではクラブ活動が始まり、なにか好きなクラブに入ることができたのだ。そうして僕が選んだのはギタークラブ!

 当然僕は弾けもしなかったのだけれどギターに対する憧れは強く、クラブに入る旨を父親に話したら、なんと安物のクラシックギターを買ってきてくれたのだ!

 小躍りして喜ぶ僕を微笑ましく見守っていたあの時のお父さん、ありがとう。彼は今80歳だけれど今も元気にうどん屋で商売している。すごいな、長生きしてください。

 

 さてそうして初めてのギターを手にした僕だったが、チューニングのやり方を知らない。当然チューナーなどなく、おまけで音叉(U字方をした一定音が出る器具)があったのだけど、もちろん小5のど素人の僕が使えるわけもない。

 こういうやつがあるのですよ

ウィットナー 音叉(チューニング・フォーク) A=442Hz 収納ケース付き
 

 

それでも僕はチューニングの合っていない、(僕が)弾けないギターを持ってギタークラブに参加したのだ。

 そのクラブの顧問はちょうど僕の担任の女性教諭だった。彼女は非常にギターが上手で、クラスでも時折弾くこともあった。

 その先生にチューニングしてもらい、おぼつかない手つきでびろりろーんなどと弾くが当然ド下手。そもそもどうやってギターを弾くのかも知らないのだ。

 

 最初に先生がコード表を配ってくれて、EとかDとかのコードを覚えましょう、みたいになったのだけれども意味がわからない。かろうじてEを弾けたのだろうか、あとはもう全然ダメ。理想と現実のギャップがあまりにも大きかった。

 そんな中、同級生の別のクラスの男の子はなんと白のフォークギターを持参し、当時大ヒットしていた、さだまさしの「関白宣言」を突然弾きだした!度肝を抜かれる僕。彼は幼少の頃からギターを習っていたのでクラブの中でもぶっちぎりに上手だった。

 

 その一方で僕はろくにコードすら覚えらず、弦を押さえた痛みだけをヒリヒリと指先に感じたまま、弾けないギターを持ってバスに乗り家へと帰ったのだった。

 

 ギター少年はレパートリーも豊富だった。その中でも得意だったのがサイモン&ガーファンクルで、よくサウンド・オフ・サイレンス」を弾いていた。

        中学生くらいの時、ひとりでこっそりテレビでやったのを見た

   

 あの切ないチラリラチラリラのイントロを聞くだけで、ギターの弾けない僕は彼の才能が羨ましくて仕方がなかった。とはいえ妬むというよりは畏怖に近い気持ちだっただろう。

 

 そして数ヶ月が経ったけれど、僕のギターの腕前は一向に上達しない。

 クラブでは僕のように弾けないギターを持っている子は何人もいて、そういうメンバーはギター少年のギターに合わせて歌を歌ったりしていた。僕はその合間に幼稚な手つきで練習し、人知れず落ち込んだりしていた。

 僕は歌うのが好きだったから彼のギターに合わせてサウンドオブサイレンスや関白宣言を歌っていたけれどやっぱりギターは弾けなかった。

 

 そのうちに学校の発表会で皆ギターを持って演奏することになった。

 しかし僕のギターの腕前は一ミリの進歩もなく、とても人前で演奏できるレベルではない。しかしその発表会の日は近づいてくる。家で弾いてはみたものの、指導者がいなければあの年齢でギターを弾くなんてとても無理な話だ。

 

 そうして迎えた発表会の当日。僕は仮病を使って休んだ。

 

 小学生の僕!15年後の君はギターを弾けるんだぜ!

 タイムマシンがあったら僕は僕にそう言ってやりたい。しかもサイモン&ガーファンクルどころか、メタリカを弾きながら歌うんだぜ!プロのベーシストを目指して挫折するんだぜ!

 

           オリジナルの曲を作って歌ったりもするんだぜ

   

 

 

 一体どういう気持ちで今日の記事読めというのか、中年の僕よ!

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スカボロー・フェアの思いで

 世界的に有名なアーティストがいるじゃないですか。

 そういう人なりグループって当然世界中にファンがいて、彼らはそれ相当の思い入れを持ってそのアーティストに向き合っている。だから、そう言う人から見ればそのアーティストの有名な曲しか知らないのに語ってみたり、○○いいよねーなんて言っている人をみたら「にわか」「よく知りもしないくせに」「オレの方がよっぽど思い入れがある」などと複雑な思いを抱く方がいるでしょう。

 

 僕だって自分の好きなアーティストについてよく知らないで言ったり書いたりしているのを見れば多少はそう思いますよ。

 でもそんなのは大いなる勘違いであって、いい曲は誰が聴いてもいい曲。まあ、昔ツェッペリンの再結成に某女優がロンドンまで当時の恋人にくっついて最前列で見たなんて話はさすがにどうかと思うけど。

 

 さて予防線を張ったところで僕が好きな有名アーティストの有名な曲について語りますよ!

 僕が中学生の時、ソニーだったろうか、何かの製品のCMでサイモン&ガーファンクル「スカボローフェア」が流れた。

    

 

 木に鳥が巣を作る様子を表したシンプルなアニメーションをバックにこの曲が流れたのだ。

「うおなんだこの曲は」

と厨房の僕は思ったのだ。僕は小学生高学年でYMOを聴きまくって中学でニューロマンティックを中心としたイギリスのアーティストを聴いていたのだけれど、きちんとこういう曲に反応するアンテナも持っていたのだなあ。

 僕は早速近所のレコード屋へ行って例のイラストが書かれたシングルレコードを購入し、聞きまくってた。

 まさにこれ!持っている!

スカボロー・フェア [EPレコード 7inch]

スカボロー・フェア [EPレコード 7inch]

 

  B面は「早く家へ帰りたい」だったっけ。どちらも名曲なんだけど、やはりスカボロー・フェアの叙情性には打たれた。

 

 そうそう、当時の僕は歌詞カードを見て覚えるという習性があって、デュランデュランやジャパン、ジャーニー、スティクスなどの曲の結構な数を覚えていたものだ。よく考えてみるとすごいな、僕。その記憶って今でもきちんと残っていてすぐに歌える。

 たとえば、デュランデュランの「セイヴ・ア・プレイヤー」の歌い出しは

You saw me standing by the wall corner of the mainstreetだし、(調べず書いてますよ)

                    ご確認ください

    

 

      Here we stand worlds apart harts broiking in too

 はセパレイトウェイズ(これはおそらくスペルとか単語が間違っているかな)だし、

              ヒアリングしたらなんかちょっと違った

     

 

ミスター・ロボットの歌い出しは

DOMO ARIGATO MR ROBOT~You wonderuing who I am machine or manucanだし(マヌカンのスペルが怪しい)、

                   キルロイ ワズ ヒア

      

 当時大ヒットしていたホイ三兄弟の香港ギャグ映画「ミスターBoo!」

「ギャンブル大将」の歌い出しはワイレェンツァンマットハツァイエイチンサイ!だ(これは小6の時に暗記した)。

                    なんだこの絵ヅラ

     

だいぶ遠回りをしたけれども、やはりこのスカボローフェアの歌詞も覚えたのです。

 アーユーゴイントゥスカーボローフェー

 パセリ、セージ、ローズマリーアンドタイム

 リメンバーミーツーワンフーリブスゼア

 シーワンスワズアトゥルーラブオブマイン

 

非常にメッセージ性の強い歌詞だけれども、当時の僕はそんなことはよくわからないまま風呂で大声で歌っていたっけ。でも今英語がペラペラなわけじゃないです。

 ちなみにこれが初めてのサイモン&ガーファンクルではなかった。

 

そんで明日に架ける橋

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アルカノイドⅡでグングングン!

 アルカノイドⅡってゲーム知ってます?

 いわゆるブロックくずしなんだけど、それが進化してエンタメ性が上がり、グラフィックも綺麗になったゲームです。

 中古で買えますよ! 

アルカノイド2(コントローラ付)

アルカノイド2(コントローラ付)

 

 

 ブロック崩しっていつやったか定かじゃないんだけど、多分小学生の時に家族旅行で泊まった旅館にあったやつをやったのが最初だったと思う。

 父親に100円ねだったはいいけどあっという間に終わってしまい、悲しい思いをしたっけ。そうそう、そこは確か今はもう廃墟温泉ともいえる鬼怒川だったと思うんだけど、他にも色々なゲームがあった。旅館やホテルのゲームコーナーって、楽しいですよね。他に覚えているのは海賊が

「赤上げて、白上げて、赤下げないで白下げない」

という掛け声に合わせて紅白の旗をボタンで操作するというゲーム。

 これ、僕の記憶違いかもしれないのだけれど、最初はゆっくり、ゆっくりで始まるのもつかの間、どんどんスピードアップし、最後は何を言っているかわからないレベルの猛スピード!当然小学生の僕は対応できず、早回しのような声がこだまする中、呆然とその海賊を見続けていた。

 

 アルカノイドⅡに戻ると、このゲーム大学生の時に後輩の家に数本あったソフトのうちの一本だったのだ。その家には本当に数本しかソフトがなかったので、そこで溜まっていた僕らは暇つぶしにとっかえひっかえゲームに興じていたものだ。ちなみにあんまり暇すぎてテトリスを一晩中やっていた後輩は幻覚を見たそうだ。

 さてアルカノイドⅡ、宇宙が舞台のブロック崩し

 ファミコン版はさすがに工夫がされていて、特定のブロックを崩すとそれに応じたアイテムが獲得できるという仕組みだった。例えばレーザーのブロックがあったり、ラケットが増えるブロックがあったりという具合だ。とっちゃいけないのは短くなるヤツで、間違えて取った時なんかこの上ない絶望感に襲われたものだ。

 で、実際僕はそんなにアルカノイドにはまっていたわけではない。しかし、全然ゲームとは関係のない部分でこのソフトに思い入れがあるのだ。

 

 それはゲームを始める時の起動音だ。

 昔のゲームって始まる時に何かしらの音楽が流れるじゃないですか。パックマンのピポピポピーポ!とか、ギャラクシアンのトィルルルルル(古くてすいません)とか。そうして、このアルカノイドにも独特の起動音があったのです。それはどういう音かというと、じゃボタンを押しましょうか、はい。

                   

                   グングングン!

 

どうです、わかりますか。もう一度押しますか。

 

                   グングングン!

伝わらない人はこちらの動画で確認してください。

                  グングングン!

     

 僕らは毎日このゲームをやっていたものだから、この起動音が耳にこびりついて離れなかった。みんなで部屋にいて、特にやることがないと、おもむろに誰かがファミコンのスイッチを入れ

                 グングングン!

また、夜中みんなで寝ている時に、ふと起きだしたヤツがおもむろにファミコンのスイッチを入れ

                 グングングン!

それを聞いた僕らは

「グングンうるせえ!わはははは」

などと興じていたのだ。

 

 しかし、そのうちにこのグングングン!は何か動作を始める時の枕音のようになっていったのだ。

「どうする、授業行く?グングングン!」

「飯食いにいくっつのは?グングングン!」

「パチンコ行きかねえ。グングングン!」

 と、常に何かをする前に口をついて出てしまうフレーズとなっていた。

しばらくは僕らの一部でこの言葉が流行っていたのだが、サークル仲間とは関係ないクラスの友人と一緒にいるときも思わずグングングン!と言ってしまい、訝しげな顔をされることもあったっけ。

 

 さてそうして30年後。

最近小5の娘が歯列矯正をしていて、月に一度矯正歯科に行くのだけれど、その帰りに

「ぐんぐんストア」

という店の看板があるのだ。

 僕は折に触れて小5の娘に黄金学生時代の話をして笑わせているのだけれど、その看板を見た瞬間にアルカノイドが蘇り、その話を娘にもした。娘はそれが気に入ったのか、その後矯正歯科から帰る折、ぐんぐんストアの前を通ると必ず

グングングン!

 

思いつきで書いた記事です今日は

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