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夏目漱石『坊っちゃん』を久々に読む  前編

小学校6年生の時、僕は学校の図書館で『吾輩は猫である』を借りた。あまりにも有名なこの文豪の作品を「なんだか面白そうだ」というイメージで借りたのは良いが、小6の読解力ではとうてい太刀打ちができないことを思い知らされた。漱石の計り知れない教養に裏打ちされた、次々と繰り出される漢語を多用した衒学的で豊かな表現を受け入れるのには、小6の僕の頭脳はあまりに器が小さかった。冒頭部分を引用してみました。

 

 吾輩は猫である。名前はまだ無い。
 どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。

(中略)
 この書生の掌の裏でしばらくはよい心持に坐っておったが、しばらくすると非常な速力で運転し始めた。書生が動くのか自分だけが動くのか分らないが無暗に眼が廻る。胸が悪くなる。到底助からないと思っていると、どさりと音がして眼から火が出た。 

 

 「非常な速力で運転し始めた」という表現が好きだ。おそらくこれは書生が自転車に乗ったのであろう。ただ当時は全く意味がわからなかった。それでもなんとか読みすすめていた小学生の僕だけれど、このあたりのフレーズになるともうほとんど意味が理解できなかった。

 

 通人論はちょっと首肯しかねる。また芸者の妻君を羨しいなどというところは教師としては口にすべからざる愚劣の考であるが、自己の水彩画における批評眼だけはたしかなものだ。主人はかくのごとく自知の明あるにも関せずその自惚心はなかなか抜けない。中二日置いて十二月四日の日記にこんな事を書いている。

 

 数ページで読むのを断念した僕は「猫」を返却し、いつもの江戸川乱歩の少年探偵団シリーズを借りて帰った。

 十数年後、それなりの教養を積んだ僕は「漱石でも読んでみるか」などと偉そうに考え、虞美人草』を手にとったのだがこれが非常に面白い。書物とそれに出会う年齢のタイミングは重要だ。そこから芋づる式に漱石の作品を読み始め、一応ほぼ全作品を読了した。それだけでは飽き足らず、大岡昇平漱石論だとか、ご子息の夏目伸六氏の「父・夏目漱石」などにも手を出し、その当時の僕はちょっとした漱石フリークだった。

 まあ、それもだいぶ昔のことなので例えば今『行人』がどんな内容だったかと問われればほとんど覚えていないし、この間ちょっと開いてみた『明暗』はほとんど自分の覚えていた内容と違っていた。

 そんな僕が最近あまりに暇だった時、ふと「坊っちゃん』でも読み返してみようか」と思ったのだ。

  

坊っちゃん 新装版 (講談社青い鳥文庫 69-4)

坊っちゃん 新装版 (講談社青い鳥文庫 69-4)

 

 

 『猫』と同じくらい人口に膾炙している『坊っちゃん』だけど、今の時代どのくらいの人がその内容を知っているのだろう。まあ、2016年にフジテレビでジャニーズ系俳優によりドラマ化されていたから、割とその関係で見た人もいるだろう。僕もこのドラマを途中まで見たけれど、どうにもやはりイメージとかけ離れていくので途中で何度もやめそうになった。ミッチーの赤シャツはよかったけれど。

 さらにもっと昔に遡るとアニメ版の坊っちゃんがある。当時その声を西城秀樹氏が当てていたが、それは少年だった僕から見ても酷いものだったと記憶している。

 

さて、『坊っちゃん』の大体のお話。

 前半は「親譲りの無鉄砲」な性格の坊ちゃんの幼少時代から語られ、いかにこの主人公が破天荒でなおかつ魅力的な人物であるかをじっくりと読者は味わう。

 ちなみに、坊っちゃんの名前は一度も出てこない。これほど有名な作品であるが、実は彼、名無しなのだ。これについては古今いろいろな考察がなされている。名前を与えないことによって普遍的なキャラクターとして有り続ける、とか、漱石自身だから名前は「金之助」(漱石の本名)だとか。でも意外と名前を付けるのが面倒だったのかもしれない。または「坊っちゃん」というイメージを強調するためにあえて付けなかったのかもしれない。まあ、そういうのを専門に考察するのが国文学です。

 

 何度か出てくる「親譲りの無鉄砲」であるけれど、肝心のその親の無鉄砲エピソードは一切語られない。坊っちゃんの父親はむしろ彼を「お前はダメなやつだ」と罵倒するだけの身内として機能し、その無鉄砲さを語られることはない。まあ、それをストーリー上語る必要がないからなのだろうけれど、それについて考えてみるのもまた面白いかもしれない。

 

 ほぼすべての中学校1年生の国語の教科書には、この冒頭の部分から、という下女(この言葉はすでに死語だろう。家事手伝い、あたりが適当か)である老女と坊っちゃんとのやりとりと、坊っちゃんが四国へと旅立つまでが載っている。本当に面白くなるのはこの後なんだけどねー。

 

 ということで続きはまた明日

 

漱石の足元にも及びません。漱石については少し書いています

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