一昔前前ではバンドTシャツを着るということはひとつの主張だった。
俺はこのバンドが好きなんだ!という確固たる意思表示なのだ。特に、メタル系のTシャツにはそれが顕著だった。
バンドTというのは中々そこらの店では売っておらず、大抵は今は無き御茶ノ水のダブルデッカーとかで4~5千円はするメタリカとかスレイヤーの派手なデザイン、見方を変えればかなりダサめのヤツを小遣いから捻出して着ていたのだ。
僕も大学生のときは結構な数のバンドTを持っていた。メタリカ、メガデスを始め、テロライザーという一部では伝説化しているグラインドコアのバンドのTまで持っていた。テロライザーを着てバンドのサークルの集まりに行ったら、デスメタル好きの新入生が羨望の眼差しで僕を見ていた。
そうそう、スレイヤーのシーズン・イン・ジ・アビス
のTシャツを着ていたら、文学部の後輩のメタル好きの女の子に「スレイヤー好きなんですか!」と話しかけられ、ちょっと嬉しかったこともあった。
かように主張はコミュニケーションにまで発達したのだ。だがほとんどの人はおそらく「うわ、ヘビメタだ」くらいに思っていただろう。まあ、長髪に黒のロンドンスリム、そして凶悪なメタルTではそう思われるのだ当然だろう。なにせ当時は渋谷系ファッションが全盛で、猫も杓子もなぜか白シャツにリーバイス501を履いて、ダブルの紺ブレを羽織る輩ばかりだったのだから。
さて、時は流れ平成29年5月。バンドTはもはやロックファンだけのものではなくなった。その端緒はユニクロが数年前にUTでバンドロゴの入ったTシャツを展開し始めた頃に遡るだろう。「ユニ被り」をおそれて僕自身はUTを買わなかったが、中にはメタリカのロゴまで取り入れているものもあるではないか。その当時、子供に着せるために買った七分丈のロンT。
そして去年、おととし辺りはもうレッチリまでリリースされた。
耳早いファンとして川崎クラブチッタの来日初公演を見た僕としては、今や彼らはあまりにビッグだ。ベビーメタルとギミチョコを演奏するフリーを見るなんて。
こちらは楽天で買える子供用のメタリカT。厚手でかなりしっかりしており、プリントも手を抜いていない。娘がこれを着て学校へ行ったら、ALTの外人の男性教師がかなり食いついて、娘に「メタリカ」というあだ名をつけたそうだ。
他にも僕は結構な数を持っていたがいつの間にかみんな何処かへ行ってしまった。今なら結構なプレミアが付いているかもしれない。あと、僕の実家はうどん屋なのだが、母親が僕のお古のメタルTを着ながら天ぷらを揚げていたのには笑った。
今手元にはこれくらいしかない。もう派手なタイプは着る気にならないので控えめな感じのやつ。
これはかなり昔に買ったベック。ほとんどベックとわからない。
スレイヤーの中でもおとなしめ。
去年かなりハマっていたブリング・ミー・ザ・ホライズン。「命を救われた」と書いてあるが、大げさすぎる。
スーサイドサイレンスも去年購入。シンプルでカッコいいでしょ。
ところでひと月ほど前、メタリカ情報局という素晴らしいメタリカサイトでGUがメタリカTをリリースするという記事を見た。
そのほかのラインナップとしてレッチリ、ニルヴァーナ、ヴァンヘイレン、デビッドボウイ、ピストルズ!などがあるようだ。
そうして昨日。子供に着せたいがために僕は近所のわりと大きめのGUへと出かけた。店内にはメンズ、キッズ、レディースとそれぞれにロックTが展開されていた。しかもかなりのスペースを割いている。
僕はキッズのメタリカとレッチリを買うつもりで見ていたが、そうしている間に結構な人がロックTを物色している。ただ、それが明らかにそのバンドを聴いたことないでしょ、というおばちゃんとか、若い母親であった。ヴァンヘイレンのデザインを見て、「わあ、これカラフルでいいねー」などと言っている。VHの意味もわからず買うのだろう。ランニングウィズザデヴィルのイントロはマイケルアンソニーが歯でベースを弾くんですよ!と教えてやりたいところだが、そんなことをしたら頭おかしい。
ニルヴァーナのスマイルマークがプリントされたTシャツを見て「うわーこれZARAでもっと高いの買ったよー。区別つかないね」という人もいた。カートコバーンが自殺したことは知っているのだろうか。
メンズコーナーでは中年の夫婦の(僕も中年だけど)男性がニルヴァーナのTシャツをその場で試着し、奥さんに似合うかどうかを聞いていた。メガネをかけたおばちゃんが一枚ずつ手に持っていた。ひょっとしたらものすごい洋楽マニアだったりして。
レイジアゲインストザマシーンのTシャツまであったが、ゲリラレディオのプロモはなんだったのだろう。
バンドは僕だけのものではないし、こうやってメタリカやニルヴァーナが認知されることは喜ばしいことだろう。しかしそれがCDや曲のセールスにつながるのだろうか。
例えば本当にモネやルノワールが好きで美術館に入って真剣に鑑賞しているところに、それほど興味もなくただ有名なだけという理由でどやどやとたくさんの人に押しかけられたような気分は否めない。興味をもって聴く人が増えることを願いたい。
うるせーよ、と思わないでください。まあ、そう言いながらも結局買ったんだけど。
ちなみにメタリカのほうはただロゴをプリントしただけでひねりなし。690円なんだから上等だ。レッチリのほうはピンクにこのロゴがかなり映えていい感じだ。ピンクはもうサイトでは売り切れているようだ。
ただ、これだけ大量に売っていることを考えると、子供同士でも被ることになるだろう。そんなこと子供は1ミリも気にしないだろうが、もう、あれだね、子供用のナパーム・デスTとかを探すか自作するしかないのかな。
メタリカがもっと日本で認知されて僕の小説も認知されろ!
特殊性のないほう。