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「あなたの人生の物語」(メッセージ)を読んで

 ブックオフでハヤカワの青背(いわゆるハヤカワSF文庫のこと。こう言うと通っぽい)を物色していたら、珍しく100円コーナーに数冊あるのを発見。
 その中で映画「メッセージ」の原作になったあなたの人生の物語を発見。これが300円という安値がついていたのでやった!と即座に購入。基本、早川文庫は高めなのでありがたい。同時に昔のカート・ヴォガネットの「タイタンの妖女」とアンダースンの「エラスムスの迷宮」も購入したけれど、こちらはまだ未読です。

  

 

「あなたの~」は短編集で、どれもアイディアに満ちた内容の佳作が詰まっていた。
まず「バビロン」。いわゆる「バベルの塔」を建設中のバビロンにやってきた石工の視点から物語が展開される。最初は史実に基づいた現実的な物語だと思ってたら、次第に不思議な味わいになっていく。そのあまりの塔の高さに人々はそれぞれの階層で生活し、食料もその階層で自給自足をしているのだ。だから、階層ごとに文化や生活様式が異なり、地面を踏んだことのないものも登場するようになる。あれこの感じ、昔の筒井康隆氏の作品であったなあ。なんだっけなあ?「家」かと思って調べたら違うし、などとあれこれ考えていたらあ!思い出した!確か「座敷」に関連する話じゃなかったけ、と調べたら「座敷ぼっこ」(これはまたこれで傑作)が出てきたが、それとは別に「遠い座敷」という短編であることが判明。そうそう、これだよ。

 とある山奥に巨大な座敷でがつながる家があって、そこには無数の家族が住んでいる。そこに住むある少年が自分の住んでいる部屋から遠く離れた友人の家からその座敷を伝って一人で帰らなけらばならないという不思議な話だった。結末も含めてこの「バビロン」となんとなく通じるものがった。
 
 二話目は「理解」。ある薬品の作用でどんどん脳細胞が活発化し、際限なく知能が発達していく男の物語。これってアイディアとしてはすでに「アルジャーノンに花束を」があるし、映画だとスティーブン・キング原作(本人はそのあまりの出来に原作者クレジットを削除とのこと)「ヴァーチャル・ウォーズ」がある。

これはこれで味わい深いものがある。相当昔に観たが、ほぼ忘れた

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 当時はこのCGのレベルでVRだったんだな。ピアーズ・ブロスナンがまだまだ若い!今のPS5とかの画像のレベルは驚嘆に値するが、これもいつかは古臭く感じられるのだろうな。

 「理解」では加速度的に能力が高まった主人公が一瞬ですべての出来事や状況を理解できるようになり、あらゆる学術分野に精通していく。その過程で当然自分が実験対象を超え危険人物としてみなされることを予見した男はいとも簡単に政府を出し抜く。このあたり、ジェイソン・ボーンシリーズを倍速で展開しているようだ。ところが神の如き知力を得た男はある日もう一人の自分と同等の能力を持つ人間を見つける。最後は二人の対決になるのだが、凡人には到底理解できない、まるで一流棋士のせめぎあいみたいな展開。数十手先まで一瞬でお互いに相手の手の内を読みあうスリリングな展開である。思考が瞬時にテキスト化され展開して行くんだけれど、こういう表現は小説でなければ成立しない面白さでもある。


 三話目は「ゼロで割る」。天才数学者のレネーは1=2は成立しないことを証明してしまい、数学に対する根本が崩れた彼女は絶望の淵に立たされる。その証明の内容の説明はある程度されているのだが、全く理解できませんでした。でもそんなこと知らなくてもSFは読むことができます。要は、SFに登場する科学的・物理学的理論ってどれだけその話にリアリティを持たせられるかという道具立ての側面もあるから。とにかく、天才の見ている世界はすげえんだな、くらいの感じです。


 四話目は表題作あなたの人生の物語。映画「メッセージ」の原作だが、僕は映画を見た後なので、その印象が小説を読むときに干渉してあまり没頭できなかった感じ。

映画見た感想

宇宙船がお菓子の「ばかうけ」とコラボしてたっけ

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 SF短編の映画化って時に全然違う内容になっていることが多いが、この話も大筋では同じものの、当然映画的にスケールアップして改変もしくは水増しされている部分が結構あった。主人公の女性言語学者ルイーズの娘の死因とか、エイリアンに対するテロとかがそうだね。そして中国艦隊やその長官がストーリーの絡んでくる部分なんかは明らかに中国を商業的に意識している展開だった。映画を観ずにこれを読んだら全然印象が違っただろうな。
 ヘプタポッドと呼ばれるエイリアンの目的も明示されない。映画だと三千年後に人類が彼らを助けるからみたいなことが言われていた気がするが、小説だと言語学者だけがその秘密を理解できるという結末になっている。というのは、ヘプタポッドの言語表現は時間を超越しており、彼らの言語を理解することは未来を知ることができるということに他ならない。そしてその未来は改変可能であるにかかわらず、理解者はその未来を忠実に実行していく。わかっているこれからの人生を演じるってむしろ嫌だな、と思いました。


 五話目は「七十二文字」。僕はこれが一番面白かった。産業革命直後のイギリスが舞台になっているのだが、歴史上のイギリスではない。そこでは名辞(物事の概念を表す言葉。事物の本質を言語化したもの?ほぼ呪文である)を物理的に物質にスタンプしたり、紙で挿入したりすると、その概念が実現するのである。
 例えば陶器の人形に「歩く」名辞をスタンプすると、その人形は歩き出すのだ。この世にはあらゆる名辞があり、それを発見したり、組み合わせたりすることで様々な分野に応用することができるのだ。その名辞を発見し駆使するのが「名辞師」である。スチームパンク的な展開になると思いきや、思いもよらない陰謀やサスペンス展開が繰り広げられ、短編ながらも印象的な作品でした。「七十二文字」はとある真実を表す名辞の数のこと。「あなたの人生の物語」といい作者のテッド・チャンは相当に言語学についての造詣が深いことが分かる。


 六話目は「人類科学の進化」二ページ程度の短い内容。小説というよりは世界観の説明で、現人類よりも進化した超人類が現れた世界で、現人類の科学は彼らの前では何の意味も持たなくなったということが報告されている。


 七話目は「地獄とは神の不在なり」。タイトルがいかにもSFっぽい。いかなる状況に置かれても神を愛することができるかというテーマだが、この小説世界では神の存在は自明のものとなっている。各地で神の奇跡や天使の降臨があり、時には地面の下に地獄を垣間見ることができる。天使降臨の際には死者が出ることもあり、妻を失った人間が出たり、体の一部を失ったり、逆に欠損していた部位が復活したりという奇跡も起こる。奇跡に翻弄される人間たちが、神の真意を探り、神への愛に向き合うというかなり宗教的なテーマをSF的に扱っている。一読しただけだと西洋的な「神」になじみのない僕にはあまり響かない作品でした。やはり古事記に代表されるアミニズム的な神々のほうがしっくりきます。


 最終話は「顔の美醜について」という、ルッキズムをテーマにした作品。「カリー」という人間の顔の美醜に対する感覚をフラットにする処置が実現した世界で、美を肯定する側(そこには美をビジネス的に活用する広告会社などの産業も含まれる)と、ルッキズムによる差別がなくなる世界を望む側との対立が描かれる。ストーリー仕立てではなく、数人の人間のインタビュー形式によって物語全体がまとめられている。実際、ポリコレ全盛の現代、これに近い問題って色々あるよね。ゲームの主人公が変に不細工になったり、ディズニーに代表されるどこか違和感を感じる登場人物の配置とか。

 

 「三体」のことを書きたいのですが、あまりのスケール感に書きあぐねています。それと比べると、この短編はちょうどいい塩梅でした。SFは面白いなあ!

 

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