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フィリップ・K・ディック「パーキー・パットの日々」を読む

 平均寿命の半分も生きてくると、折に触れて残された人生の時間の使い道に思いが及ぶことがある。及ぶだけで何をするわけでもないんだけど。そりゃ湯水の如く使える金銭を所有していれば世界の各地に出かけ、欲しいものを手に入れ、それはそれは優雅な生活を送るのにやぶさかでないが、すべては妄想です。

  じゃ、あと経済的に問題のない有意義な時間の過ごし方といえば、僕にとっては読書だろうか。まだ読んでいない本、そしておそらく読むことのない作品が無数にある。あと残り時間で何冊の本が読めるかはわからないけれど、色あせ、朽ち始めた精神を少しでも彩あるものに戻すためにできるだけ本を読みたいと思う。

 そうしてまだ読んでいない作品のうちの一冊を今日も読み終えました。ディックの「パーキー・パットの日々」

 

ディック傑作集〈1〉パーキー・パットの日々 (ハヤカワ文庫SF)

ディック傑作集〈1〉パーキー・パットの日々 (ハヤカワ文庫SF)

 

 

 僕は中学生でアンドロイドは電気羊の夢を見るかブレードランナーの原作)を読んで以来、 

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))

 

それなりにディックの作品を読んできたなーなんて思っていたけれど、出版されている作品を見るとまだ半分くらいしか読んでいないじゃないか!甘ちゃん!

 なんとかしてあと2~3年のうちにディック作品を読み終えたい。

 

 さて今回の本は短編集でした。そのうちいくつかの気になった作品をピックアップしたいと思います。

 まずは『変種第二号』。アメリカはソ連との戦争で(この小説が書かれた時代はまだ冷戦中)「クロー」という兵器を開発し、戦況を有利に進めていた。クローとは小さな金属製の球体で、鋭い歯が装備されており宙に浮いて敵を切り刻むというまるで映画「ファンタズム」に出てきたシルバーボール(ご存知の方だけニヤリとしてください)みたいな恐ろしい兵器だ。この機械は秘密の完全オートメーション制工場で生産され、しかも機械は独自に進化を遂げどんどん新種の殺人マシンを作るようになっていた。

 アメリカ軍のヘンドリックスはソ連軍に連絡を取るため一人危険地帯をゆくことになり、そこでデイビッドと名乗る少年と出会う。実はデイビッドはマシンで、人間を欺きひたすら殺戮をするようにプログラムされていた。ソ連軍はすでにデイビッドによって壊滅状態であり、ヘンドリックスは3人のソ連兵(ひとりは少女)と共に再びアメリカ軍基地へともどる羽目になる。ソ連兵によると、マシンはすでにデイビッドよりも更に精巧な人間そっくりのマシンを開発しているという。そして一度基地に入り込んだら殺戮をはじめるという。

 

 あれ、なんかこの話どこかで・・・そうだ!かなり昔に見たピーター・ウェラー主演の映画「スクリーマーズ」じゃないか!

スクリーマーズ [DVD]

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 たしかあの映画の原作はディックだったはずだ。果たして調べてみるとそのとおり。相手が人間なのかマシンなのかお互いが疑心暗鬼になり、殺し合い、最後には・・・。読み手もいったい誰がマシンで誰が人間なのか、全く見当がつかないままにハラハラし驚愕の結末を迎える。いやあ、面白いね。映画も面白かったしね。

 

 しかも次の短編はペイチェックだった。ああ、これベン・アフレックユマ・サーマンで映画化されたやつじゃん。

 アマゾンプライムで見放題なはずだが冒頭の部分で観るのやめてたんだよね・・・よし、原作読むぞ!

 技術者のジェニングスは大企業の機密を漏らさないために仕事が終わったあとは記憶を消去し、高額の報酬を得ていた。あるとき彼はレスリックという人物が経営する会社の事業を引き受けた。その期間、なんと二年。そうして記憶を失ったあとに彼が手にしたのは金ではなく、封筒に入った数個のガラクタだった!

 ジェニングスは茫然自失となる。なぜこんなものを?さらに追い討ちを書けるように彼は警察に逮捕されてしまう。レスリックの会社で違法な研究をしていたという罪状で!記憶のない彼は全く身に覚えがない。しかし拉致された彼はふと封筒の中身を使って車から逃走することに成功する。そしてその後も彼は封筒の中身を使って危機を乗り越えることになる。この小道具の使い方が実に痛快で、よくこんなアイディアを思いついたもんだと感心する。ディックすごい。

 

 短編が非常に面白かったので僕はすぐに映画を見た。え、監督ジョン・ウーだったの?いやあ、なんでこれ当時見なかったんだろう。まあ映画はかなりふくらませた内容でアイテム数も20に増え、サスペンス要素もあるのだが無駄にバイクでチェイスをしたりとジョンウー節も随所にぶち込まれている。当然、終盤で無理やり白い鳩が飛んできてジョン・ウーの作品には必ずどこかで白い鳩が登場します)笑った。タイムパラドックスを考えると何で?となる部分もあるんだけどそこはウーの力技でねじ伏せられる。原作よりもより大仰でハッピーな感じに終わってます。

 

 「にせもの」はいかにもディック的な短編。自分が異星人から送り込まれた自爆ロボットなのか、それとも人間なのかの区別がつかないという自我の境界が曖昧になり、悲劇的な結末を迎える話。

 

 そして表題作の「パーキー・パットの日々」はおそらく「タイタンのゲーム・プレイヤー」のひな形になった作品だね。

 この間読みました

 WIKIにはディックの傑作長編「パーマー・エルドリッチの3つの聖痕」の原型、と書いてあったのでそちらもアマゾンで注文しましたよ。

 

 火星人との戦争に破れた地球人はほぼ死に絶え、かろうじて生き抜いた人々は「まぐれ穴」と呼ばれる地下都市で細々と生きながらえている。地球人類を保護するために火星人は定期的に食料その他の物資を投下しているので地球人は暮らしに困ることはない。では動物園のような環境で地球人は何のために生きているのかといえば、人形を使ったゲームだった。の住人はパーキー・パッドという少女の人形とその家を模型で作り、人生ゲームのようなロールプレイング・ゲームでお互いの模型の備品や人形を手に入れることに夢中になっていた。

 あるとき、オークランドにあるまぐれ穴に住む住人とのゲームが成立し、主人公ノーマンは妻と2人で自分の住むピノールとの中間地点バークリーへ向かう。(タイタンのゲームプレーヤーでもバークリーは重要な都市だった)。そこで目にしたのは、彼らの常識を覆すような設定を持つコニー・コンパニオンという人形だった。

 人形に夢中になる人類の姿が哀しい短編だ。この話からは様々なメタファーを読み取ることができそうだが、めんどくさいので読み取りません。

 さあ、こんどはディックの何を読もうかな!

 

ディック的メタファーはゼロ

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