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創世記機械/科学(者)の勝利を高らかに謳うハードSF

『創世記機械』J.P.ホーガンの作品、読了しました。

 

 『星を継ぐもの』に次ぐホーガンの長編作品。とはいえそれほどの分量はないのだが、ここで提唱される『統一場理論』というハードSFたるためのガジェット(=量子宇宙論や物理学上の言説)があまりにぶっ飛んでいるので、文系の僕はそこはそういうものなんだな、と飛ばし読み。

 解説にも書いてあったけれど、SFとしての説得力を持たせるために、これでもかというくらいの時間・空間・重力その他を包括する物理学的理論をホーガン先生はぶち込んでくる。とはいえそれあるがために読者は煙に巻かれ、作品世界を納得させられる。

 

 まずこの物語の世界は地球全体が東西軍事衝突の危機にさらされているという政治背景があり、そこには西側諸国のリーダーとしてのアメリカ/ワシントンが存在する。小規模な武力衝突が各地域で生じ、それが時代の暗い影として忍び寄り、西側諸国は何とかして優勢を保とうと躍起になっている。

 

 主人公であるブラッドリー・クリフォードは若き科学者で、ACREと呼ばれる政府の研究機関で働いている。政府機関であるから当然時代の動きに沿った研究を強いられるのだが、クリフォードはそれが気に入らない。彼は人間たちの低俗な争いごとに巻き込まれるのはまっぴらで、宇宙の真理を解き明かす理論を研究し、それを論文として完成させる。これをなんとか学会に発表するためにACREの上層部と掛け合うのだが、実利主義の軍人や上司によって機会を与えられない。怒ったクリフォードは月で研究をしている著名な科学者ツィンメルマン博士に半ば強引に論文を送りつける。

 

 しばらく後、クリフォードはオーブという人物から連絡を受ける。オーブは自分の研究の理論的補完がクリフォードによってなされると考えたのだ。オーブがいうことには、クリフォードの論文が彼の名を伏せて出回っているという。実はACREは体制におもねらないクリフォードの理論を利用して軍事転用を目論んでいたのだ。それをオーブから聴いたクリフォードは激怒し、ACREを辞職する。そうしてやはりオーブも彼に同調し職を辞してクリフォード夫妻の家に転がり込む。ダメ元で彼はツィンメルマン博士に連絡を取ったところ、博士は国際科学財団という政府の影響を受けない組織に彼らを紹介する。

 

 ホーガンの小説のモチーフの一つに巨大な敵の存在が挙げられる。多くの場合それは大企業であり、政府である。そして主人公は必ず自分の力でその敵を倒すのだ。常に彼の小説には企業と政治が絡む。それはホーガンがそういう組織に身を置いて、ある程度理不尽な経験をしたからなのだろう。世の中は矛盾に満ちている。それが世の中のありのままの姿なのだろうが、実に前向きにホーガンの小説の登場人物はそれに立ち向かうのだ。

 この『創世記機械』の主人公クリフォードもそうであり、特に現実主義や功利主義に対する反抗心が顕著である。そして彼は、彼にとって最も蔑むべき政治や利害関係に翻弄され、彼が目指す真理の追究に中々たどり着くことができないのだ。

 

 ともあれ、ツィンメルマンの紹介で国際科学財団に職を得てクリフォードとオーブは研究を再開する。そうしてあるとてつもない機械のプロトタイプを完成させるのだ。それは物理的空間と時間を無視し、瞬時に物体を移動させる可能性を秘めた機械だった。安全な場所にいながらにして特定の場所(例えば、地球の内部など)を詳細にサーチすることが可能だ。そしてさらにある場所の高エネルギーを任意の場所に放出し莫大なエネルギーを生み出すこともできるのだ。

 

 しかし現実は彼らを放っておいてはくれなかった。どこからか彼らの研究の成果や内容が漏れ出し、機械の完成のために必要な部品の供給が滞るようになる。ACREの連中がどうやら絡んでいるらしく、クリフォードは憤懣やるかたない。そこへツィンメルマン博士が登場し一つの示唆を与える。

 クリフォードとオーブはそれに従い、直接ワシントンの上層部と掛け合い、彼の理論とオーブの機械がどれほどの可能性を秘めているのかを明かし、それが政府にとって利益があることを発表する。それが実現すれば西側諸国はとてつもない力を手に入れ、軍事的緊張の膠着状態を脱することが可能なのだ。クリフォードはツィンメルマンの「彼らの力を利用せよ」という言葉通り必要な資金を提供させ、あの憎たらしいACREの連中を失脚させることに成功する。

 

 しばらくは思いのままに研究をすすめていたクリフォードとオーブだったが、ACREも政府も本質は同じである。研究の成果と、それがどのように軍事転用できるかを執拗に求めてくる。世界情勢は刻々と不穏な空気に満ち始めていた。政府は西側の優位を保つために決定的な手段が必要なのだ。

 あれほど体制に反抗的だったクリフォードはここで人が変わったように1年で軍事的利用のできる機械の完成を約束する。機械の制御のために思考するだけで反応するスーパーコンピュータの使用までも取り付け、何かに取り憑かれたように研究に没頭するクリフォード。その人の変わりようは妻のサラやオーブも不安にさせたが、彼はお構いなしにことを進め、ついにマシンが完成する。

 

 J兵器と名付けられたその機械は究極の最終兵器だった。いつでも、どこでも任意の場所に高エネルギーを放射して瞬時に敵を駆逐できるのだ。そしてその規模はいくらでも調整可能であった。

 ここにおいて西側諸国は東側への最後通告を出す。当然J兵器のことを知らない東側は通告を無視し、期限が過ぎたその瞬間、クリフォードは東側諸国の軍事衛星を破壊する。そしてこれをきっかけに東側のミサイルが発射されるが全てJ兵器により撃墜される。そして同様に西側の軍事衛星も撃墜されたのだ。J兵器はいまや両軍関係なく兵器を攻撃しているのだ。

 動揺する西側の指導者たちをよそに東側からは次のミサイル攻撃が行われる。制御の

 効かないJ兵器に頼れない西側は迎撃ミサイルを発射する。すると瞬時にどちらの陣営のミサイルも撃墜され、ついには地球上のすべてのミサイルはJ兵器によって破壊されてしまう。

 

 これこそがクリフォードの計画だったのだ。彼は1年間をかけて綿密に予定を立て、この日に臨んだ。そうして東西陣営をわずかな時間で武装解除してしまったのだ。ここにおいて科学は勝利し、人類は新たな道を歩み始めることになる。

 アメリカ大統領はJ兵器を「創世記機械」と呼び、来る明るい未来へと思いを馳せるのだ。

 

 エピローグでは地球で人々は平和裏に暮らし、あまつさえ恒星間飛行まで実現するという明るい未来が描かれて終わる。

 

 このように結末はホーガンのオプティミズム満載で読後感は爽快だ。とはいえ、あまりによく出来すぎていると言えないこともない。軍人は戯画化された悪人であり、科学者は正義の味方である。たったひとりの信念をもった科学者によって世界は変わってしまう。ホーガンの小説は必ず何らかのカタルシスが含まれているのだけれど、『星を継ぐもの』や『仮想空間計画』などに比べると、なんだかうまくいきすぎじゃないですか?という気持ちも拭えない。とはいえ、レベルの高い、非常に読みごたえのあるハードSFには違いありませんが。

 

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創世記機械 (創元SF文庫)

創世記機械 (創元SF文庫)