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ブレードランナー2049を観た。確かに観た! BLADE RUNNER2049!

      そんなにあっても仕方がないのだけれど、チラシ4枚もらいました。

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 去年の終わりから期待が膨らみまくっていたブレードランナー2049。待ち遠しくてこんな記事ばっか書いていた。

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 そうしてようやく本日鑑賞することができた「ブレードランナー2049」。

 

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 163分という長尺だが、『ブレードランナー』の続編としてこれ以上ない、そうあるべき作品だと思いました。今回は思わず普段はあまり買わないパンフレットを即買い!

 

  自動車のカタログではなく、映画のパンフです。スタイリッシュ。スピナーが金色で縁どられている。

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        注意!ここからネタバレしますよ!

 

 気分を盛り上げるために、現在サントラを聴きながら書いている僕、ボンクラ。

 前作を観ている前提で書くよ。

 

 ドーン!という音とあの耳に親しい電子音が流れる。そして、画面に大写しにされるグリーンの瞳。まさに前作のオマージュでこの映画は幕を開ける。このグリーンの瞳が誰のものかは後に明らかになるのだが、すぐに広大なソーラーパネルの上を飛ぶスピナーの映像に切り替わる・・・。曲はヴァンゲリスではなくハンス・ジマーがメイン。ジマーのスコアは盟友クリストファー・ノーランの映画のように主張はせず、ほとんど鳴らない。唯一ノイジーでワウのかかった暴力的な曲が印象的だった。

 

 デッカードとレイチェルが姿を消してから30年後の話なんだけれど、最近のリドリー・スコット関連の作品の常套なのか、映画以外の短編作品がYOUTUBEで公開されそれを見た人はより映画の世界観を理解できるようになっている。まずはこちらの事件を描いた日本製アニメ。

 

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 レプリカントであるネクサス8型が起こした大規模テロ事件「ブラックアウト」の顛末。核ミサイル爆破、電磁パルスの二段構えでアメリカのインフラは数ヶ月間停止。レプリカントに関するデータはほとんどが消え、人間に紛れ込んだ彼らを探し出すことが困難となる。これが引き金となってレプリカント製造中止法が定められる一方で、地球外世界(オフワールド)の開拓のための労働力が著しく不足することになる。

 

 レプリカント中止の煽りを受け倒産したタイレル社を食料問題を解決した盲目の科学者ウォレスの経営するウォレス社が買収し、人間に従順なネクサス9型を開発する。

 

死ねと命令されると、それに従うレプリカント。このあともウォレスはレプリカントを殺しまくり。

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 一方人間世界に紛れ込んでいたネクサス8型のザッパーは少女を助けるためにトラブルに巻き込まれる。

 

リドリー・スコットの息子、ルークの監督作品。雑然とした街並みはまさにブレードランナーそのもの。

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 この事件がもとで捜査官K(ライアン・ゴスリング)の訪問を受けるシーンから映画が始まる。

 

 僕は最近はどの映画もそうなんだけどなるべく予告編を観ないで映画館へ赴くようにしている。でも、やっぱりブレードランナー、見ちゃうじゃない。その予告の中でKに向かって「あなたは特別」というセリフをとある女性がつぶやいているシーンがあった。そうしてテロップには「秘密を知る覚悟があるか」と出る。もうこの時点でネタバレ?どうせライアンは捜査中に自分がレプリカントだと気づいてアイデンティティが揺らぐんでしょ、と思った僕、浅薄だった。

 冒頭で実にあっさりとKレプリカント、新型であるネクサス9だということが明かされる。彼は同類を処理するレプリカントブレードランナーだったのだ。ザッパーはKに撃たれる直前「奇跡を目にしたことはあるか」という言葉を残す。

 この言葉はそのまま後の重要な伏線となる。

 ザッパーの家にあった枯れた大木の下には遺骨が埋葬されており、ウォレス社のアーカイヴによってそれがなんとレイチェルのものだと判明する。

 

 しかもレイチェルの死因は分娩によるものだった。レプリカントが子を産む!

 この事実が人間とレプリカントの境界線を曖昧にしかねない出来事と認識したKの上司マダムは、生まれた子供の処理をKに命じる。

 そうして折々の場面ではあのお馴染みのロスアンジェルスの模倣し尽くされた雑踏が登場する。「SONY」のネオンはソニー・ピクチャーズエンタテインメントであるがゆえに大々的に映し出され、コカ・コーラそのた大企業のネオンやホログラムがこれでもかと登場する。

 

 一方ウォレス(ジャレッド・レト)は効率よくレプリカントを増やすためにネクサス9による繁殖を試みるが失敗する。失敗した個体の腹を切り裂くウォレス。それを見て涙する彼の忠実なるレプリカント、ラヴにウォレスはレイチェルとデッカードの子供の捜索を命じる。レプリカントの繁殖を成功させるにはその子供が鍵となるのだ。

 このラヴ役の女優、シルヴィア・フークスは素晴らしい演技。

  

 家に帰ったKはホログラムであるジョイ(アナ・デ・アルマス)に今日の出来事を語る。ジョイはウォレス社の作ったホログラム人格で、顧客に合わせ会話を交わし、そのデータを蓄積することにより個性化するようだ。このあたり、ディック的なアイディア。原作小説の「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」に出てきたムード・オルガンを彷彿とさせる。

 レプリカントであるKはジョイとの会話を唯一の慰めとしている。彼はザッパーを処理した報酬でジョイのホロをどこでも投影することができる端末を買い、彼女と初めて雨の降る夜の外へと出る。ジョイはまるで本物の人間のように雨を感じ(ているように振舞う)、形のない自分の体を精一杯Kの体に合わせて抱擁しようとする。レプリカントとホロの恋はかくも切ない。

 

 デッカードを探すためKは元同僚で、現在は養老院にいるガフのもとを訪れる。なんとそのままエドワード・ジェームス・オルモフがガフを演じている!感激。結局のところ情報はガフからは得られないのだが、相変わらず彼は折り紙に興じているのだ。そうして作り上げたものはなんと羊!アンドロイドは電気羊の夢をみるのか?

 

 Kには唯一記憶があった。それは地下の工場のような場所で、自分の宝物である小さな木馬を握りしめ、とある場所に隠すというものだ。そしてその木馬の足には「6 10 21」(=2021年10月6日)と刻まれている。これが彼の記憶の全てなのだがもう一度ザッパーの家の木を調べたKはその根元に刻まれた同じ「6 10 21」を発見し驚愕する。これは偶然の一致にしては出来すぎている。

 Kはひょっとして自分がデッカードとレイチェルの子供ではないかと考え始める。だとすれば、自分は製造されたレプリカントではなく、奇跡の子供だ。これは僕の予想と全く逆の話になっていた。よくこの脚本を考えたなー。脚本は前作同様ハンプトン・ファンチャーだった。まさにこの脚本あっての続編だと思った。

 

 さてこうなると観客はKがひょっとしてデッカードの子供ではないかと思い始め、Kとともに赴くことになる。Kは子供が孤児院にいたことを突き止めその資料を探し当てる。すると、全く同じDNAを持った男女一対のデータを見つける。そして女児の方は死亡し、男児は行方不明になっているではないか。Kは孤児院のある場所へ赴くのだがそこはスラム化した地区で彼のスピナーは電磁パルス砲のようなものを打ち込まれ墜落する。暴徒に襲われそうになったKだが上空から発射された数発のミサイルが彼を救う。Kを監視しているラヴが打ち込んだのだ。実際、この映画は前作同様地味で、こういう派手なシーンもあることはあるがむしろ謎解きの方に重点が置かれている。そしてそれは正しい選択であると思う。まさに、これこそSFフィルム・ノワールではないか。

 

 結局孤児院の子供のデータは破棄されていたのだが、Kはそこで記憶に出てくる場所に遭遇し、記憶通り木馬を探し当てるのだ。ひょっとしたら、やはり自分はその子供ではないのか?彼はそれを確かめるべく、記憶を作成した技師、アナ・ステラインを尋ねる。アナは免疫不全で8歳の頃からガラス室暮らしの技師だが、その生活から得るイマジネーション性で記憶移植能力を高く評価されている。Kはアナに診断してもらうのだが、その記憶はやはり誰かのものであるとわかり、絶望する。

 自分はひょっとして特別な者だと思い始めていた矢先、その僅かな希望は無残に打ち砕かれるのだ。彼の悲痛な叫びが迫ってくるシーンだ。

 

 では一体この記憶の持ち主である子供はどこにいるのだろうか。

 Kはその謎を解くため解任中であるにもかかわらず木馬の放射線からラスベガスにデッカードがいると判断し、ホロのジョイの端末とともにそこへ向かう。この廃墟となったラスベガスは圧巻だ。おそらくアメリカ人なら馴染みの深いオブジェなのだろう、巨大なセットは予告編でも見ることができるように、圧倒的だ。

  

 そして、ついにデッカードが登場する。子供の行方が一向にしれないのでKはまだ自分がその人物であるのではないかという希望を捨てきれないままデッカードに質問し、ようやく「レイチェル」という名前を聞き出す。その矢先、ラヴの急襲でデッカードはさらわれ、Kはしこたま痛めつけられ、ジョイのホロ装置はぶち壊され散々な目にあってその場に取り残される。

 

 デッカードはウォレスに仲間の居場所を問われる。ウォレスはなんとしてでもレプリカントに子を作らせたいのだ。そしてここで重大な秘密、つまりはっきりとは表現されてはいないが、デッカードがレイチェルを愛したのは仕組まれたことだった、と語りデッカードレプリカントであるということを示唆するのだ!

 確かに、それは奇跡だ。レプリカント同士の子供ならば。信じられないという表情のデッカード。ただ、かねがねリドリー・スコット監督はデッカードレプリカントであると公言し、ディレクターズカットではその証左としてわざわざユニコーンの夢を挿入したくらいだ、ありえる。

 

 懐柔策としてウォレスはなんとレイチェルと全く同じレプリカントを製造、デッカードに再び彼女と暮らせるのだと誘いかける。ひょっとしたらCGでレイチェル出るのか?と思ったらやっぱり出たよ!しかし、ターミネータやローグ・ワンですでに若かりし頃の俳優の再現がされているからか、それほどの驚きはもはやなかった。

 でも相当再現には苦労したようだし、なんとショーン・ヤング本人もその場で演技指導をしたとのこと!当時ハリソンとの不仲が言われていたが、今現在流石にそれはないだろうから、現場の雰囲気も見てみたいものだ。ブルーレイで見られますかね? キャリア半ばで消えてしまったショーンだが、今見るとおそらく容色衰えているだろうな・・・。「花の色は移りにけりな」だ。

 

 さて映画では不抜けたようになっていたデッカードだが、一言「彼女の瞳は緑だった」とそっぽを向く。

 しまったー、となったウォレスはラヴに、にせレイチェルの頭をその場で銃であっけなく打ち抜かさせる。ひでえ。そうして手のひら返しでデッカードをオフワールドに連れて行き、そこで吐かせようと画策、ラヴに空港まで連行させる。

 

 一方Kはレプリカントの娼婦マリエッティ(彼女がジョイと同期してKと愛し合うシーンは不思議そのもの)によって助け出され、ネクサス8たちとともに戦うことを要求される。そしてそこでデッカードの子供は女の子だと告げられる。自分だとまだ希望を捨てていなかったKは自分の記憶が記憶技師のアナのものであると理解し、彼女こそがデッカードとレイチェルの娘であることを悟る。なるほど!そういうことか!アナの瞳、グリーン!

 

 さて、ネクサス8が軍隊だとか言い始めた時点で、僕は

「あーあー、ここから派手なドンパチやるのか?みんなでウォレス社に行って破壊行為か?これじゃあ結局そこらの爆発系スカッとムービーになっちゃうな」

などと思ったのだが、聡明な脚本はそういうクライマックスは用意していなかった。

 最後は防波堤(海面が上昇し、ロスアンゼルスは巨大な壁によって海水の浸蝕を防いでいる)でのデッカード救出劇となるのだが、そこで行われるのはKとラヴの肉弾戦だ。まるで前作でロイとデッカードが肉体だけで戦ったように。この静かで格調高い戦闘の末、Kは勝利しデッカードを娘のアナに引き合わせる。

 

 雪が降りしきるアナの研究所の入口で木馬をデッカードに手渡し、彼を見送ったKは階段に静かにその身を横たえる。ラヴとの戦いで数カ所を刺されている彼は生きている方が不思議だ。静かな感動が押し寄せる。

 彼の上に静かに、美しく雪が降る。彼は死ぬのか。眠るのか。それはわからないが見る夢は電気羊ではないことを祈りたい。

 

 

 

 いやーあんまりあらすじとか書くのもどうかな・・・と思ったんですが結局こうなってしまいました。5千字超えた。読んでくださった方お疲れ様です、ダラダラ記事なのに。

 

             さて、もう一度観にいくかな。

 

 

こんな作品をものしたい。今は草の根レベルでも

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