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『となり町戦争』 本が好き!書評

 

 第17回小説すばる新人賞(間違いのご指摘ありました。訂正しておきます)を取り、様々なメディアで取り上げられ映画化もされたこの作品について今更なんですけど書いてみます。長くてすいません。

 

となり町戦争 (集英社文庫)

となり町戦争 (集英社文庫)

 

 

 舞阪町という地方都市に住む主人公の北原修路は、ある日町の広報に「となり町と戦争が始まる」という情報を目にする。半信半疑のまま日々を過ごしていた彼であったが次の広報には「戦死者12名」とひっそり記載されているのを知り妙な不安に駆られる。そして町から「偵察員」としての役職を与えられたという通知を受け取り、興味半分で役所へ向かうと香西という若い女性職員が応対し、戦争は実際に行われており、その業務の一端としての偵察員としてたまたま彼が選ばれたと説明される。北原は興味本位で偵察員を引き受けるが、日常はほとんどいつもどおりの生活のままである。戦争は目に見えない形で確実に行われているらしいのだが・・・。

 

 あっここで気がついた。これってそれこそ筒井康隆氏の小説『敵』のシチュエーションなのでは?確か『敵』でも主人公の老人儀助はパソコン通信を介して目に見えない敵が襲ってくるという情報だけを得るが、世間はそのことについて一切騒いではいない。目に見えないから自分とは無関係なもの、遠い世界の出来事として敵を想像するだけだ。「敵」が実は老いそのものであるとか、テーマ性の違いはあるにしろやはり何らかの影響ってあるんじゃないかなあ。筒井氏には他にも『通いの軍隊』とかあるしね。

 

 書面で通知が来るごとに各ページにその書式が掲載されているのだけれど全ての内容が事務的に処理されており、「戦争」すらもその中では町の業務として取り扱われる。面白いのはそういう書面の最後に「この紙は再生紙を利用しています」のような細かい記入がされているような部分だ。細かい配慮がギャグとして機能しているのに感心する。

 役所特有の杓子定規で物事を進め、感情を一切表さない職務に忠実な香西さんはまるで自分の意思がないようだ。組織の中で組織のために働く彼女の動機は明らかではない。ちなみに映画化された作品では香西さんは舞阪町を心から愛しているがゆえの行動という説明が一応される。

 だが小説の香西さんは全てを客観的に判断し行政の判断のまま動くという役割を最後まで演じる。この小説はそういう役所的な融通の利かなさをひとつのテーマとしているので、その象徴としての香西さんと捉えるべきなのだろう。

 ところが状況は北原と偽装結婚しとなり町へ潜入するというあたりで少々変わってくる。日々の生活を共にすることで、よそよそしさは多少あるものの、少しずつ二人は打ち解けていく。そしてある夜香西さんは北原の部屋で一晩を過ごす。しかしあくまで昼間はいつもの通りなのだが。

 ある日戦争についての住民説明会に出た北原はそこで戦争の根本的な部分をある若者が公開質問し、町の顔役に「始まったもんは仕方がないだろう」と軽く一蹴される場面に遭遇する。実はこの青年は香西さんの弟であった。

 

 そしてその後北原は夜中に突然電話を受ける。「今すぐそこから逃げてください」と。香西さんのファイルを持って彼女からの携帯電話の指示に従って逃げる北原。突然訪れた真夜中の敵が見えない逃走劇は緊迫感を持って読み手を引っ張っていく。暗い暗渠を抜け、山を登りようやくのことでダンボール箱に収まり逃げる算段をつけた北原だったが、途中その箱を運ぶ車で明らかに死体と思われる荷物と一緒になる。やがて死体らしき荷物はある場所で下ろされる。北原は別の場所で解放され、無事舞阪町に戻ることができる。

 戦争の音や匂いを感じた北原は、後日香西さんからその逃走中に手助けしてくれた佐々木さんが銃殺されたことや車に乗せられた死体が香西さんの弟であったことを知らされる。それまではスパイ気分で逃げおおせた気分になっていた北原は打ちのめされる。

 

 この小説には「戦争」とはついているが一切戦闘場面は出てこない。昔の格調高いホラー映画のように、象徴的に戦争とその恐怖を描いている。

 そして北原と香西さんとの恋愛小説でもあるこの作品は「私となり町の町長の息子と結婚することになりました」で終わりを迎える。

 ハッピーエンドを期待したわけではないけれど、この部分はどうも唐突な気がする。それも業務の一貫ということなのだろうか。

 

 そうそう、何気ないシーンなのだけれど最後に夜の海岸で二人が歩く場面が有り、そこで香西さんが「月がきれいですね」というのである。このセリフといえば当然夏目漱石がI LOVE YOUの訳語として発言したというエピソードがあって有名である。愛の言葉を交わすことのない二人であるかわりに作者はそれを意識したのかもしれない。しかしあいにく北原はその意味をつかめてはいないのだが。

 

 

ここまでの内容を久しぶりに「本が好き!」に投稿してみました。なんか久しぶりでドキドキ。内容はほぼ同じです。

 

www.honzuki.jp

 

 読みやすさもあって一気に読了してしまった僕はアマゾンプライムで映画化作品を探してみたら、軽くあった。主演が江口洋介原田知世。僕のイメージからするとやや年かさが上なのでは?という印象。原作では2人共20代後半~30代前半だと思っていたんだけど。

 

www.kadokawa-pictures.jp

 

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 それでも原田知世の香西さんはしっくりきた。ストーリーはラストの改変(これが物議をかもしたらしいけれど)以外はほぼ原作通りなのだけれど、ちょっとおかしいな、と思ったのは原作には戦争を始める、もしくは継続する理由が明示されず、誰の意志で始まったかもわからない、そこにある種の不気味さが漂っていた。しかし映画内ではしきりと会議の場で町長が「支持率が上がる」という発言をし、興をそがれてしまう。これでは町長の胸先三寸ではないか。そのあたり、脚本家は見誤っていないか。

 

 

ヘビーメタル文学賞とかないすかねえ

kakuyomu.jp