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万城目作品よんでます 2

 万城目作品について語る回の続き。

 

         現在、「パーマネント神喜劇」を読んでます

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 現在のところの最新作長編といえるのが「バベル九朔」だ。


 この作品は万城目氏の作品の中では評価が割れている。いわゆるパラレルワールドものなのだけれど、今までの氏の他作品に比べ相対的にスケール感に乏しく、閉じた世界でストーリーが進むからだろうか。とはいえその閉じた世界の描写はまるで万城目氏が見た夢の中の風景なのではないかと思えるほど奇想天外。
 「バベル九朔」という祖父、九朔満男がが建てた雑居ビルに管理人として住み着き、小説家を目指す主人公(名前は明らかにされない)はかつての万城目氏そのものだろう。明日をも知れぬ不安と闘いつつ、手書きの原稿を書く毎日。しかし彼の前に現れた全身黒づくめのサングラスをかけた女(サングラスを外すと、そこにはカラスの目玉が貼りついている!)が突然バベルへ現れて以来、彼の周りでは奇妙なことが起き始め、ついにはある部屋に飾られた祖父の九朔満男(大九朔と呼ばれる)が描いた絵の前に立ち、扉らしき部分に手を触れたとたん、いきなり知らない湖の中へと投げ出されてしまうのだ。


 その世界は大きな湖を中心として周囲に森や丘が広がり、その丘には古ぼけたコンクリの建物がぽつんと建っている。そうして彼はそこで黒ワンピースを着た少女に出会い、彼女を追って湖からその場所を目指すが、奇妙なことにこの場所は上下の常識が通じない不思議な場所だった。湖からは上方に見えたはずのコンクリの建物(見晴台という看板が掲げられている)に向かい、明らかに道を下っていたのにたどり着くのだ。そしてこの建物こそ本物の「バベル九朔」なのだ。
 「大きな湖」というのはかつて秋田県男鹿半島にあった八郎潟。そしてこの閉じた世界を作った人物はその湖からパワーを得ているのだそうな。これって「偉大なるしゅららぼん」の世界ともリンクしているので、万城目作品の読者ならふむふむ、と思うだろうね。また登場人物の名前には必ず「さんずい」がつくのも定番だ(なぜか叔母はつかないのだが)。雑居ビル「バベル」のそれぞれの店子はそれぞれの階に対応した苗字であるし(例えば4階の店子は四条、三階の店子は蜜村(三つむら)という具合。ちなみに主人公のペンネームは”吾海九朔(ごかいきゅうさく)”。なんだか「めぞん一刻」みたい)。こういうところは分かりやすく名づけられているのだ。


 さてこの異世界のバベル九朔ビルには歴代の店子が全て入っており、上へ上る度に歴史をさかのぼるように作られているらしい。一体ここはどこなのか?さらには黒づくめのカラス女が彼を追い詰める。
 後半はストーリーがぼやけ、世界観が独り歩きして???となる部分もある。そして万城目氏本人の談で「対決がない」ということが言及されていたがそれも評価が割れる一つの要因かもしれない。確かに言われてみれば氏の作品はことごとく対決でクライマックスが盛り上がり、そのまとめ方の鮮やかさが読後感を充実したものにしてくれる。一方この「バベル九朔」は癖の強い世界、「バベル」の構築に力が注がれていてそれを受け入れるほうはなかなか骨が折れるのではないか。


 絵を通して、雑居ビル「バベル」から異世界の「バベル」へと移行するのもよくわからないし、何か知らんがタイムトラベルしているしどうも置いてきぼりを食らった印象を受けるのだ。ちなみに主人公が小説家を目指しながらビルの管理人をするというのは作者の自伝的要素があるという。
 不思議な話だったが、確かに今までのような読後のカタルシスには乏しいというのが正直な感想だった。いや十分面白いんだけど、頭をからっぽにしてエンタメに浸りたいファンにとっては物足りないかもしれない。僕もどっちかというとそういう風に思ったクチで、ネットでインタビューを読んでみると、なんと文庫化に際してかなりの改稿をしたというのだ。100枚削って40枚書き足したんだって。そうすると話はまた違ってくる。それがこちら。

  読みました

  カラス女に追いかけれるくだりまでは、ほぼ一緒なのだけれど、バベル世界へ移行してからの展開では、湖とか、民謡の流れるラジオとか、少女の乗る黄色い車とかが全てカットされていた。作者の言によると、物語はバベルの中だけで進行させるべきだと考えたらしいけれど、僕としてはばっさり切られた場面がシュールな世界観を形成していて好きだったんだけどなあ。なんというか、時間の止まった箱庭のような世界がありありと想像できたんですよ。

 時間と興味のある方は読み比べてみるのも一興です。 

 

 そうそう、読んでいる途中で僕は以前、僕自身が書いた小説『土管の向こうの街』との類似点が結構あったので不思議な気持ちになったものだ。

たまに思い出したように読まれる

 
 違う世界に行き、思いのまま過ごすことができ、年を取らない少女が出てくるというシチュエーションが非常に似通っていて僕の発想もまんざらじゃないなと思ったのです。ただ、僕のは閲覧数のわずかな素人ネット小説だけどね。

 

こちらはいつものやつ

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