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ヴィデオドロームで見た夢

 今や見たいと思ったものが見られないことはほとんどない時代が到来した。

 インターネットというあまりに利便性を備えたシステムが僕らのタブーへの感覚を麻痺させた。少なくとも画像や動画の視聴ということに関しては(一部では機能しているであろうけれども)法律ではもはやカバーできない領域にまで達している。人前でおおっぴらに見ることができないポルノグラフティや死体等あらゆる残虐なものは、検索エンジンの駆使いかんによっていくらでも秘密の愉しみとして個人のハードディスクの中に保存することができる。また、好むと好まざるとに関わらず、見たくなくても見せられてしまう(サムネイルなどの表示によって)場合すらある。

 

 そういう自由が効かなかった30年以上前に、リアルタイムでヴィデオドロームを見ることができた僕は時代の空気とともにそのストーリー、映像を存分に味わうことができたという点で恵まれていた。今見ると幼稚で雑なリック・ベイカーの特殊メイクも「これは一体どうやって撮影したのだろう」と頭を悩ませたものだ。

 

ビデオドローム [Blu-ray]

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 デビッド・クローネンバーグのフィルモグラフィにおいて、一部のファンからは熱狂的に支持され、一般的には難解とされる「ヴィデオドローム」。それなりにストーリーは有るのだが、途中から主人公マックスの幻覚が入り混じるので、後半はどんどん抽象性を増した内容になっていく。それは、デビッド・リンチのようなゴシック性を兼ね備えた、ある意味で計算ずくの抽象性ではなく、もっと肉体的でどろどろとした歪み具合なのだ。

 そして何やらわからないまま不思議な魅力によって観続けた結果、リック・ベイカーの内臓炸裂系特殊メイクが一度目にしたら忘れられないような効果を見せつけ、見ている僕はまるでヴィデオドロームに取り憑かれたマックスと同様に、何度もこの映画を観てしまうのだ。

 

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 主人公は「チャンネル83=CIVIC TV」という小さなケーブルテレビを経営するマックス・レン(ジェームス・ウッズ)。ウッズは皮膚がつるんとして眉毛が薄く、どことなく肉食鳥のような印象を与える俳優だ。クローネンバーグはこういう顔が好きなのか、この後のウィリアム・バロウズ原作を映画化した裸のランチではピーター・ウェラーをリー役としてキャスティングしている。最近だとこの系統の顔を持つ俳優はトム・ヒドルストンだろうか。

 

 ある日マックスは助手のハーレンに衛星中継で手に入れたという映像を見せられる。それはヴィデオドロームと名付けられた作品であり、石造りの部屋の中でSMプレイや拷問・殺人がただひたすら行われるといったショッキングな内容だった。(ちなみに1970年代、「スナッフフィルム」といってアンダーグランドでは本物の殺人が行われた映像が取引されているという噂がまことしやかに流れていた。)

 一気にこのヴィデオドロームに魅入られるマックス。ただ、これは断片的なもので、マックスは全ての作品をなんとか入手すべく、裏世界にもコネクションがあるビデオブローカーのマーシャに依頼する。このマーシャを演じるリン・ゴーマンという女優、この作品の他にめぼしい出演作もないようだが、妙に粘っこい老女の色気を漂わせた怪演が、妖しい(怪しい)。

 

 マックスはメディアを論じるテレビ番組に(刺激的かつ低俗な内容を放送しているチャンネルの社長という立場で)出演する。そこでラジオDJのニッキー(ロックバンド、ブロンディのデボラ・ハリー)と共演し、番組そっちのけで意気投合する。

             真っ赤なドレスのニッキーはいかにも扇情的だ

    

 その様子に困惑した司会者はもうひとりの出演者オブリビオン(忘却とか無意識という意味)教授に話を振るのだが、このオブリビオン教授というのがまた変わり者で、人前に出るときにはテレビ画面を通してというスタイルなのだ。

 彼の主張は一時期もてはやされたマーシャル・マクルーハンのそれだ。僕は確か大学でマクルーハンを学んだ気がするが一切合切忘却の彼方、オブリビオンだ。そこでネットを駆使して浅薄な知識をここに披露するけれども、マクルーハンはメディアに関して非常に興味深い予言をしていたのだ。つまりメディアは身体の拡張であり、テレビやビデオも人間の機能の拡張したものとなりうるということになる。今はそれがネットになっているわけだ。現代において僕らは解らないこと、知らないこといことがあればすぐにGOOGLEWIKIでその場限りの知識を得ることができる。だからそれほど教養を積まなくても、表面だけ小難しい言葉を組み合わせ、表現を微妙に変えることでいかにも頭の良さそうな文章を書くことができる。

 マクルーハンの予言は的中し、ネットはもはや人間の頭脳の一部だ。だから極論として勉強する必要はない、教養を積む必要が感じられないという人間も出てくるのだろうけれどもそれはまた別の話だろう。

 

 このオブリビオン博士の風貌がいかにもマクルーハンに寄せていて、クローネンバーグもそれをあからさまに意識しているのだろう。そして教授は小難しいことを語り、番組は終了する。マックスとニッキーはすぐに関係を持ち、共にマックスの部屋でビデオドロームを観ながら過ごすようになる。そして刺激を受けたニッキーはタバコの火を自分の皮膚で消すようなマゾヒズムをマックスに見せつけ、マックスをドン引きさせる。

 その後、ニッキーはビデオドロームが作られているというピッツバーグに向かい、姿を消してしまう。

 

 

あすへと続く

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