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『終わりなき平和』/暗いSFをぜひどうぞ

 ここのところ立て続けに読んだホーガンの名作SF作品群には、ある種のオプティミズムが感じられ、読んでいて非常に安心できるという傾向がある。

 一時期ホーガン漬け

 

 僕はたまには気分を変えてほかの作家も読もうかなと思い、アマゾンで評価が高く、かつ、安価に手に入れられるこちらを購入した。そうして、読み終わりました。

終わりなき平和 (創元SF文庫)

終わりなき平和 (創元SF文庫)

 

 

  近未来、地球は連合国とそうでない国とに分かれていた。アメリカを中心とする連合国にはナノ鍛造機という魔法の箱が存在し、そのマシンさえあれば原材料の枯渇がなければ欲しいものはいくらでも手に入るという状況下で人々は何不自由のない生活を送っているのだった。

 一方そうではない持たざる国々のングミ軍との間では、様々な要因が複雑に絡まる状況下で断続的に戦闘が行われていた。

 また連合国・非連合国を問わず「終末信徒」なる宗教的集団が全世界に存在していた。終末信徒は髪がいつかこの世界を滅ぼすと信じているのだった。中でも「神の鉄槌派」と呼ばれる狂信的な集団は自分たちはその神の手助けをする選ばれたものだと自らを任じ、時には非合法な殺人も厭わなかった。そしてその神の鉄槌派は政府関係者にも、軍関係者にもいるというもっぱらの噂だった。

 

 連合国側は「ソルジャーボーイ」と呼ばれる遠隔操作で敵を殲滅することのできる人間型兵器を投入し、戦況を有利に進めていた。

 ソルジャーボーイは10人(男5・女5)のグループが頭蓋ジャックを通して精神移入し、それぞれの意志の力を統合して迅速な対応を測れる究極の兵器だ。精神移入した者同士はお互いの記憶、感情その他をあらゆる思考を共有することになり、特別な精神的な関係を結ぶことになる。九日間という期間で彼らは任務をこなし、その期間が終わると彼らはいっとき解放される。しかしその間に戦闘が起これば当然殺戮も起こる。彼らの中にはそういう試練に耐え切れぬものも時に現れ、精神的に病んだ末に自殺するものさえあった。

         

           とにかく初っ端から世界観が暗い。

 

 この物語の主人公ジュリアンは黒人の物理学者であり、同時にこのソルジャーボーイの操縦を担当する「機械士」でもある。

 ジュリアンは民間から徴用されその適性を見込まれてソルジャーボーイの小隊をまとめていた。彼は任務が終わると15歳年上の女性、アメリアのもとへと向かう。ジュリアンは34歳。

 黒人と白人、そしてその年齢差という状況を鑑みれば周囲からは奇異の目で見られるであろうカップルである。なおかつ彼らはお互いに物理と数学の大学教員という立場から敢えてその関係をオープンにはしていなかったがその絆は非常に強く、また深く愛し合っていた。

 彼らは毎週金曜の夜には「サタデーナイトスペシャル」というレストランに集まり、その仲間たちとひと時を過ごすという習慣があった。そしてその中には精神接続ジャックを開発したチームのひとりマーティも含まれていた。

 

 あまりに長く複雑な話なのでこうつらつらと書くのも大変です。とにかくこの話の世界は暗く、重い。いろいろなタイプのSFを僕は読んできたが、この作品はどれにも属さない雰囲気を感じる。SFは総じてその世界観の構築が重要で、いかに読者をそれに引きずり入れるかということがキモなんだけど、この作品まさにSF一見さんお断りの小説だろう。

 僕はSFを読むときには(というか最近読むのはほぼSF)最初の50ページくらいはなんとか我慢して読み進める。作品によっては最初からグイグイ引き込まれるものもあるのだけれど、世界観そのほかの設定や、当然の如く出てくる作品内の独特のガジェットを受け入れながら読まなければならない作品も多い。

 映像ならばすぐにそのヴィジュアルを直接伝えることができるけれど、言葉でイメージを喚起させるというのはなかなか難しい。しかし、読んでいくうちに霧が晴れるように作者が意図する小説世界が見えてくると、俄然引き込まれてしまい、一気に最後まで読み通すことができる。SFはこれがあるからやめられない。

 

 この小説もそのタイプなんです。

 戦争と並行して、連合国は木星の衛星イオの軌道で巨大な粒子加速装置をナノマシンに建造させていた。このマシンが完成すれば宇宙の起源を再現することができ、様々な宇宙の謎が解けると期待されているのだ。

 ところがアメリアがピーターという学者とこの粒子加速装置を起動したときの状況を検証した結果、加速装置は再びビッグバンを引き起こし、宇宙は無に戻ってしまうというのだ!

 そのアメリアはジュリアンと精神的に繋がりたいという一心で頭蓋ジャック埋込み手術を受けるのだが、失敗してしまう。さらにはジュリアンはジュリアンでングミ軍の無慈悲なテロ(ビルに数百人の子供の死体が吊るされ、それをソルジャーボーイが気づかずに破壊してしまう)のせいで暴徒化した民衆の中の少年を撃ち殺してしまい、自殺未遂を引き起こす。

 

 一度は死の道を選んだジュリアンだったがアメリアから加速装置の話を聞かされ、なんとかそれを止めようと考える。折しも一方ではサタデーナイトフィーバーの仲間のマーティからある種の無血革命の話を伝えられ、仲間に加わるように要請される。

 マーティが言うには一定以上の精神移入を続けた者たちは闘争心が一切なくなり、非常に穏やかな精神状態(これを人間化と呼ぶ)が保たれるようになるという。それは戦争前の実験で明らかになっており、その実験を受けた人々は「二十人組」と呼ばれ、現在ある場所で革命のために待機しているのというのだ。

 要するに全人類に頭蓋ジャックを埋込み、人間化すれば人はもう戦争をすることはなく、平和が永遠に保たれるというのだ!

 一方アメリアとピーターは加速装置が人類を抹殺するという計算結果を公表するため各方面にデータを送るのだが一向に反応がない。それどころかアメリアのところにはイングラムと名乗る不気味な男がやってきて彼女を暗殺しようとしたのだ。機転を利かせたアメリアはジュリアンと二十人組のいる場所へ逃げようとするが、空港の出口ではイングラム待ち伏せをしているではないか!

 仕方なく連行されようとしたアメリアの跡をつけていたジュリアンは間一髪でイングラムを拘束することに成功する。イングラムの頭蓋ジャックからは恐ろしい情報が得られた。

 イングラムは「神の鉄槌派」の殺し屋であり、過去にもおぞましい仕事に手を染めていたのだった。そして神の鉄槌派の黒幕がプレーズデル将軍という軍の最高位に近い人物であることが判明する。神の鉄槌派は至るところにはびこり、将軍は次の工作員としてガブリラという女を送り込んだ。

 

 このあたりはスパイアクション的な展開と政治的な駆け引きが交錯し、読者をハラハラさせる展開である。イングラムも恐ろしい人物だが、このガブリラとう女性キャラはさらに恐ろしく、狂信的で、人を殺すことなど虫を殺すも同然と思っている人物として描かれている。まさに女殺人マシーンというにふさわしい。

 

 アメリアたちの警告が伝わらないのは「神の鉄槌派」の差し金だった。つまり、終末信徒の中でも最も過激な思想をもつ彼らは、粒子加速器がもたらす災いこそが神の意志だと理解し、実験がこのまま実行されることが望ましい人類の結末だと考えているのだ。

 

 人間化を進めようとするマーティにはやはり軍の実力者スタントン・ローザ少将がバックに付いていた。マーティは彼の庇護の下、着実に軍の上層部のものから人間化を進めていった。ほとんどの軍関係者を人間化することに成功するマーティ。しかし神の鉄槌派だって手をこまねいているわけではない。

 軍の基地の中にいるジュリアンとアメリアにガブリラが迫るクライマックスはスリリングだ。彼らは恐ろしい女殺し屋から逃れることができるのか。そしてプレーズデル将軍もまた、人間化計画の阻止に動き始めた!

 

 ページの残り数が少なくなり、僕は結末がどちらに転んでも不思議はないと思った。粒子加速器の暴走により人類(宇宙)は無に帰すのか。それとも、人間化された人類が争いのない未来を築くのか。しかし、それはある意味強制された平和でもある。自分の意志にかかわらず、人間化されるというのは恐ろしいことだ。人間化というロボトミー手術ではないか?ある意味神の鉄槌派と人間化という考えはイデオロギー的に裏表の関係である。

 

 ちなみにジュリアンは作戦遂行のため頭蓋ジャックの機能を失い、人間化は不可能となった。そしてアメリアもまた頭蓋ジャックが機能しないため人間化はされない。この二人が人間化のために尽力するというのも皮肉なことだ。

 どちらの結末にせよ、爽やかな読後感はありませんでした。しかし、それなりに重いテーマを含んだこういう作品を読めるのがSFの素晴らしさ。

 

 短くまとめようとして、ついつい長くなってしまいます。こういう記事でいいのでしょうか?

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