雪の予報が出たじゃないですか。僕は、あースタッドレスに変えなきゃならないなあ、面倒だなあと憂鬱な気分になっていた。僕は北関東の田舎に住んでおり、そこは車社会であるからして、タイヤ交換は必須。
うちには車が2台あって、当然そのタイヤ交換は僕の役目だ。スタンドやカーショップへ持っていくと1台2000円というのが相場なので、多少疲れたとしても、自分でやったほうがマシだ。しかし、やはりジャッキアップという作業は50近いこの肉体では苦痛だ。そこで僕は以前からフロアジャッキを購入し、少しでも作業効率よくしようと目論んでいた。
近所のホームセンターにフロアジャッキが売っているのを数日前に確認した僕は、こういう計画を立てていた。
1月21日(日曜日)、開店と同時にフロアジャッキを買い、まずはコペンのタイヤを楽々交換する。この日は午後から出勤なので、次の日の月曜日の午前中、もう一台のサクシードワゴンを交換して雪に備える。
完璧で隙のない計画だ。
もし売り切れていたらどうしよう、という一抹の不安を抱えて売り場へ行くと二台あったので安心。売り場で「いちご買ってくれるう」などとケータイで話している人を横目で見ながら4580円でとうとうフロアジャッキを購入だ!これであの苦労から解放されるぞ!
カインズホーム製。ネットの評判もさほど悪くない
さて本来なら、ジャッキアップし楽々タイヤ交換を済ませ、余裕を持って休んで昼食をとって午後から出勤、のはずだった。
ところが、僕がろくにフロアジャッキの説明書を読まなかったことに端を発し、この後とんでもない展開になってしまったのだ。
まず、ジャッキをコペンの下に入れてみると、全然入らない!なんだそれ!
確かネットでこの型ならコペンでも大丈夫だと書いてあったはずなのに!何のために大枚4580円をはたいたのだ!
「なんだよー」
絶望する僕。しかしタイヤは換えなければならない。仕方なくトランクから手動で回すジャッキを取り出しいつもの重労働を決意する。
黒く憎たらしいアイツ
まずは左前輪のタイヤを外し、交換したのだが、疲れた。どうにもやるせない。そこで僕は余計なことを思いついてしまった。
横からジャッキアップできないのなら、せめて前からアップすれば前輪だけでも交換できるのでは?
といらない野心を燃やしてしまったのだ。
ところが、前方からもやはりフロアジャッキが入らない!なんだよ、どんだけコペン車高が低いんだ、金返せ!とひとりごちる僕。仕方がないので右前輪をクランクジャッキで持ち上げてようやくフロントのジャッキポイントにジャッキをかませ持ち上げる。
しかし!ここからしてとんでもない間違いだった!
コペンのスタッドレスのホイールはアルミなので通常のボルトレンチでは肉厚すぎて、ソケットのアタッチメントをつけなければならない。
そしてそのソケット付きのボルトレンチをタイヤのボルトにはめて全体重をかければ本来ならキィッ!という音を立てて回るはずなのに、ビクともしない。おかしい。もう一度全体重をかけて乗った瞬間、ボキっと嫌な音を立ててレンチのソケットが外れた。恐る恐る見てみるとなんと割れているではないか!
ヒビが入っているのがお分かりでしょうか・・・
海より深い絶望を味わう
うそでしょー!と思わず叫ぶ僕。
すぐに頭がフル回転し始める。
このまま左前輪だけスタッドレスに変えた状態では明日の雪に備えられないしかしそうかといってソケットが割れてしまってはタイヤ交換がままならないどうするどうする、そうだ純正のソケットがあるからとりあえずそれでやってみよう!
これを2秒ほどで考えもう一つあるソケットを差込み、再び全体重をかけてレンチに乗る。
ボキ!
うそでしょー!
アビス!
こんなことってあるの?トラブル連チャンで頭がおかしくなりそうだ
これで僕の家にはソケットがなくなった。どうするどうする!ここで再び僕の灰色の脳細胞がフル回転。
今11時、会社に行くのに家を出るのは12時50分、あとまだ少し時間の余裕はある、どうする、背に腹は変えられない、ここから15分かかるカー用品店に行ってソケットを新たに買うしかないだろう。
あいにくと妻と上の娘が買い物に出かけていたため、小4の次女をひとり家に置いていくわけにもいかないので自主学習を中断させ、一緒に店へ向かう。
道すがらここまでの苦労を娘に話していると到着。割れたソケットを持って店に入るが、レジがいっぱい。仕方なく自力でソケットを探すが21ミリのソケットがない!
途方にくれる僕と娘。しかし念のため近くにいた店員に聞いたところ、別の所で売っているのを無事発見。
「おとうさん、よかったねー」
とほのぼのしながら二人でレジを待つ。折しも店はスタッドレス交換の申し込みで大混雑しており、僕の前の人は夜の7時に予約となっていた。
自分で出来ない人は大変だなあなどと思いつつ、店を出てソケットを開けて見てみると変なプラスチックのカバーがついていてとれない!なんだこれ。念のため店の駐車場でソケットを当ててみると微妙にひっかっかっている。大丈夫か、これ。なんとかしてビニールのカバーを取ろうとするが取れない。
「おとうさん、貸して」
などと娘が言うが、僕が無理なのに子供にできるわけないでしょ。カバーを取ろうとして悪戦苦闘していると娘が
「おとうさん、これカバー付けたまま回しているよ」
とパッケージの写真を見せてくる。娘の洞察力、僕より上。じゃ、これでやるしかないなと家路を急ぐ。時刻は11時30分。まだ出勤時間には余裕がある。
ようやく家に着き、満を持して右前輪のナットにソケットはめて再び全体重をかける。
ボキ!
うそでしょー!
買ったばかりのソケット、無残にも破損。
960円がドブに。ブラックホール級の落ち込みを味わう
どういうこと!?あまりの絶望にタイヤの上に座り込む僕。その様子を見て娘が
「おとうさん、大丈夫?」
と心配そうに声をかけてくる。父親としての威厳、ゼロの瞬間。
なんでナットが回らないのだろう?
今まで何年もタイヤ交換してきてこんなこと一度もなかったのに。
あれ、ひょっとしてエンジン交換に出した時にダイハツが気を利かせてナットをきつく締めたのだろうか?それがあまりにきついためにナットが回らないのか?だとすればもうどうしようもない。近くのスタンドに行って外してもらうか?いやいやきっとタイヤ交換なんてもう予約でいっぱいだから無理だ。明日の朝一番で行くしかないのか?あーもうなんで余計なことしてくれたんだよ!
と死に至る病を抱える僕。その隣で無心に工具を弄ぶ娘。
その時、ふとある考えが僕の頭をよぎる。
・・・あれ、もしかしてオレ、回す方向間違えていないか・・・
考えてみれば、今の純正ホイールはソケット差し込まないで回せるはずだ。僕はやおら立ち上がり、ボルトレンチを差込み、逆方向へと体重をかけてみた。
キィー
当たり前のようにボルトが回る。
ばか、ばか、ばか!僕のばか!
単純に回す方向を勘違いしていたのだ、この愚かな中年男は。
「なんだー、よかったじゃん、おとうさん」
優しい娘に励まされ、少し元気を取り戻した僕は、ほかのタイヤも外しに取り掛かる。作業をしながら僕は娘にこう話した。
「おとうさんは、いつもこう思うんだよ。なにか大変なことがあっても、いつかは必ず問題は解決できるんだって。その時は大変だと思っても、きっと何か方法があるんだ。この間もコペンがオイルが漏れて、白煙を上げた時もお父さんどうしようと思ったけど、一方で大丈夫、必ず解決すると思ってたんだよ。そうしてお金はかかったけどコペン直ったじゃない。だから、今日だって大変だったけどやっぱりなんとかなるんだよ」
汗だくになって訳のわからないことをいいながらようやく作業は最後の一本へ。
そこへ返ってくる妻。僕は車を移動し、これまでのいきさつを話す。哀れみと多少の侮蔑の入り交じった目で見られる僕。すいません、全て僕が悪いんです。
ふとフロアジャッキに目をやる。もう一度説明書を読んでみると、最初の時点で操作方法を誤っていたことに気づく僕。とあるツマミを回すと簡単にコペンの下へジャッキはもぐった。脱力しかない。
そうして易々とコペンは持ち上がり、破損したソケットをだましだまし使って、いとも簡単にタイヤ交換を終えることができた。
もう、ぐったり。
そうしてこの後、夜の9時まで仕事があることにさらにうんざり。しかも、汁物代わりに家から持ったと思ったカップうどんを忘れていることに気づいてヘコむ。
自分が悪いとは言え、こんなに次から次へとトラブルが続くことってあるんだね。
でも、大丈夫、いつか解決するさ!
そんな僕が書いたヘビーメタル文芸小説