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傑作ハードSF『仮想空間計画』 読了 後編

 こちらの本です。素晴らしく楽しめました。

仮想空間計画 (創元SF文庫)

仮想空間計画 (創元SF文庫)

 

 

 どんな話なのか、昨日の続きです。そして随所に所感。

 

 研究に没頭していたコリガンはイーヴリンと休暇をとり、カリフォルニアへと向かう。そこで何人かの研究者と情報を交換しているうちに、イーヴリンとの仲が煮詰まって結婚することになる。コリガンは勢いで故郷のアイルランドへイーヴリンとともに赴き、狂騒の日々を過ごす。しかし一方では不穏な動きがCLCの中でうごめいていた。

 宇宙防衛総軍に在籍していたフランク・タイロン(この人物が黒幕)という人物がCLCにヘッドハンティングされ、コリガンの研究部門とは別のチームを率いCOSMOSという計画を立ち上げ仮想空間プロジェクトのヘゲモニーを握っていたのだ。

 

 この物語はSFの形をとってはいるけれども、ある種の英雄譚の定形を備えている。華々しく活躍していた主人公が大いなる挫折を経て試練を乗り越え、最後にはとてつもない成功をつかむ、あの昔からある王道のストーリーだ。

 源氏物語光源氏は己の境遇に溺れ(藤壺の宮との問題というストレスもあり)、危険であると判っていながら弘徽殿の女御の妹、朧月夜内侍と関係を結び、それが原因となって須磨への隠遁を余儀なくされる。しかし3年という年月を忍んだ結果、華々しく都へとカムバックを果たし以前にも増した栄華を手にする。

 「ダークナイト・ライジング」におけるブルース・ウェインは屈強なベインに敗れ、およそ脱出不可能と思われた地下施設を抜け出し復活、ゴッサムシティを救う。

 この「仮想空間計画」を読んでいて面白いのは、複雑なコンピューター用語や設定の裏にかような普遍的作劇法をしっかりと守っているからだろう。

 

 一旦はプロジェクトの主導権をタイロンに握られたコリガンだが、彼はすぐに新たなプロジェクトを発案する。タイロンのCOSMOSは結局のところ現実のシュミレーションをよりリアルに突き詰めるものであって、人間のカオス的動向をシュミレートできるものではなかった。しかしコリガンは全く別のアプローチを思いつく。現実世界の分身が仮想空間に入り込み、その振る舞いや反応をコンピューター=AIに学習させ、人間と同じ行動を取れるようにすればそっくりそのまま現実世界を再現できるのではないかと考えたのだ。

 この計画は即座に採用され、オズ計画と名付けられコリガンは再びプロジェクトの中心人物として返り咲く。その結果コリガンの地位は向上し、待遇も破格のものになる。自惚れ、以前とは別人のようになってしまったコリガンにイーヴリンは愛想をつかし、彼の元を去る。

 一方仮想空間世界では、リリィに仮想空間内にいると知らされたコリガンがコンピュータの予測不可能な行動を起こし、彼の置かれている状況が確かに仮想空間内のことであるということに気がつく。徐々に記憶を取り戻していくコリガン。計画が頓挫した頃の記憶は抑制されているが仮想空間内では時間の進みが速いことを思いだし、12年という時間の経過が現実世界では3週間程度であることに気づく。

 

 夢の中での時間経過が長く感じられるのに実際は数十秒にすぎない、というあの感覚だ。あれっ、この設定ってクリストファー・ノーランの映画「インセプション」じゃないか!インセプションは夢を扱った大傑作作品で僕は何度も観ているのだが、この作品の中でも夢の中の時間の経過は速く、現実世界の何倍ものスピードとなっていた。夢の階層が深くなればなるほど時間の進みは速くなり、50年を過ごそうが夢から覚めたら数時間しか経っていないということになる。ノーラン、この設定使ったんじゃないの・・・。思うに、膨大なSF小説はあらゆるアイディアを様々な形で拝借されているのだろう。マイノリティとも言えるこの分野であるから、それを声高に指摘する人も少ないのかもしれない。リドリー・スコットの「プロメテウス」などもエイリアンによって人類が誕生したといういささか古びたアイディアをおぞましさとケレン味で味付けしたようなものだったし(でも好きな映画)。

 

 コリガンは事態を把握したが現実世界に戻る術が見つからない。思い当たるのは彼のカウンセリング担当だった医師がおそらく外部の者の分身であったということだ。コリガンはその人物あてに電話をかけ、彼が仮想空間にいることを自覚していることを告げ脱出させるように要求する。しかし外部での数分は彼らの世界では数日に相当する。事態が動く出すには時間がかかりすぎる。 

 待つしかない彼らは一晩を共に過ごすが、目を覚ました翌日コリガンは再び12年前に戻っていることに気がつく。記憶はそのままなのに、何もかもが12年前、事故が起こる以前に設定されていたのだ。

 彼は再び会社にCLCに出社し訳のわからないまま業務をこなす。そうして彼にはある変化が訪れた。つまり精神が44歳なのに肉体は32歳という状況だ。仮想空間での12年間は彼に思慮深さを与え、仮想空間内での社内政治をうまく乗り切る先見性を備えていたのだ。

 そういえば僕は30歳くらいの時に、この経験と精神のまま20歳に戻れたらどんなに人生がうまくいっただろうなどと空想することがあった。まさにコリガンの状況はそれだ。

 そのうちに若くなり、記憶がそのままのリリィが合流し、さらには精神病者として12年間施設に閉じ込められていた同僚のトム・ハチャーが現れる。彼もまた仮想空間にとらわれていたのだが、コリガンと違い精神的に相当なストレスを抱えていた。12年間の監禁生活!ハチャーはコリガンに脱出プログラムがあるという示唆を与えて空港で派手に銃撃戦をやらかし、その挙句に高速道路のセンターラインを乗り越えトラックに衝突するという最終手段で仮想空間を強制的にアウトした。

 仮想空間は人間の分身の振る舞いをシュミレートし学んでゆくAIたちが社会を作っているのでトムの事件のあと、同様のテロを起こすAIたちが急激に増える。もはや計画はほころびを見せていた。

 実際外部で彼らを閉じ込めていたタイロンをはじめとするCLCの重役たちは、直接神経接合して仮想空間に乗り込み、自体の収拾を図ろうとする。この計画には莫大な金がつぎ込まれているのだ。コリガンやトム、リリィはその人柱とされていたのだ。

 コリガンはアイルランドの小鬼の置物を見たことで脱出プログラムのキーワードを思いだし、逆にシステムをコントロールすることに成功し、タイロンたちを仮想空間に閉じ込め脱出する。

 この最後の場面はかなり痛快である。彼の思い通りに世界は物理的にぐるぐると回転し、悪役である重役たちは転げまわる。本当によく練られたストーリーだった。

 

 当然リリィとの再出発という形で物語は大団円を迎え、読者は爽やかな読後感を得ることになる。いやあ、ホーガンすごいですね。ハインライン夏への扉に匹敵するおもしろさだった!

 SFの金字塔!読んで損なし!

夏への扉 (ハヤカワ文庫SF)

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「星を継ぐもの」を早速注文したので早く来ないかな!

 僕の知らない素晴らしい小説は世の中に無数にあるのだ

星を継ぐもの (創元SF文庫)

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