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音楽と本

タイトル通り音楽と本についてのブログです

スカヨハ攻殻、リスペクトはあった(ゴーストインザシェル観ました)

攻殻機動隊」、漫画原作。

 

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今見ても情報密度とストーリー展開は色あせていない。

周知のことだが、これを映画化したアニメ版はいまや世界中にファンを持ち、マトリックスを始め数多くの映画やその他のメディア作品にも影響を与えた。どうしたって実写化となれば原作やオリジナルアニメ版との比較は避けられない。

日本の漫画や映画原作のハリウッド映画化は、えてして評判が悪い。原作ファンの思い入れと出来上がったものへのイメージの違いのギャップもあるし、映画製作途上の様々な事情で結果的に残念なものになってしまう場合もあるだろう。

「ゴーストインザシェル」に関しては予告編を見る限り、期待を持てた。第一弾予告のほとんど音声がない静かなバージョンとデペッシュ・モードの「エンジョイザサイレンス」(この曲劇中に流れなかったけど)をバックにしたバージョンを僕は何回も観た。

 

注意!ネタばらしますよ!

 

 

冒頭5分間、公開されてます。

 

www.youtube.com

 

見る人は見るのだろうが、先に観ちゃったら面白さ半減だと僕は思うのだが、割と最近こういうの多いよね。芸者ロボットの動きはなかなか良い。黒服の男たちがスーツケースから取り出すマシンガンは原作漫画通りだ。

スカヨハ演じる少佐はなぜか「ミラ」という名前になっている。何故「素子」ではないの?一応その理由はあとで明かされる。

ロボットが破壊される直前「お願い!殺さないで」と言うのだがこれは「イノセンス」の人形と人間の境界線の曖昧さを強調した部分を受け継いでいるのか?とも思ったが、特段それについてはこのあと触れられない。僕の勝手な思い込みだった。

 

大まかなストーリー、こんなん。

ハンカ・ロボティクス社の重役がクゼと名乗るハッカー/テロリストに次々と暗殺され、その捜査中にスカヨハは自分が何者かを知る。彼女は体制に異を唱えるグループの一人「素子」で、恋人のヒデオとともに殺され、ともに最新の義体の実験台にされていたという。クゼは廃棄処分にされたヒデオであり、その復讐のためにハンカ社の重役や科学者を殺していたのだ。真実を知った素子はハンカ社長、カッターが操作する多脚戦車との戦いに挑む。

 

未来都市の描写に関しては、アニメ版からしてそうなのだが、どうにも「ブレードランナー」を想起させられる。この手のサイバーパンク映画は、「JM」しかり「トータルリコール」しかり、ほぼブレードランナーの影響下にあるので致し方ないだろうけど、観客としてはそろそろ革新的な未来都市のビジュアルを見せてほしい。かといって「マッハGOGOGO」みたいなハリボテみたいなのもイヤだけど。

ギャグとしか思えない髪型のたけしが演じる荒巻部長の見せ場が結構多く、ラストに至っては黒幕の社長をカッコよく成敗というかなり美味しいところを持っていく。

 

まずいことにはこの悪役の社長がショボイので全体としてスケールダウンの感が否めない。オリジナルのネットで生まれた新たな生命としての「人形つかい」は出てこないし、素子は電脳世界へも旅立たない。もちろん全くアニメ版と同じものを作っても仕方がないのだからストーリーの改変は致し方ないだろうが、やはりオリジナルを超えるのは容易ではない。オリジナルの素子は脳以外サイボーグ化された自分の「存在」について考えていたけれど、こちらの素子はどちらかというと「自分はいったい誰なのか」という方に疑問を持っている。よく自分が誰なのかもわからないのに働いてるな。

また、オリジナルや漫画版の素子は自分の能力に対する自信やそこから生じる傲慢さが感じられるのだが、スカヨハにはあまりそれが感じられない。不意をつかれて電気の棒でビリビリさせられ、つかまっちゃうし。

スケール感がないもうひとつの要因としては「政治」が描かれていないからだろう。「攻殻機動隊」シリーズ(SACやスタンドアローンなどのアニメシリーズは僕見てないので何とも言えません)は必ずと言っていいほど政治が絡んでおり、(もちろんたけしは「総理」の言うことに従ってはいるが)それが物語に奥行きを感じさせていたのだ。ただ政治が絡むと物語が複雑になりすぎるからひょっとしたらそれを嫌ってのあのストーリーかもしれない。6課と9課のセクションどうしの軋轢とかそういうのも一切ナシ。

 

たけしはすべて日本語でセリフをしゃべるのだが、スカヨハは英語でしゃべるので2人が会話するシーンがコントにしか見えず、違和感がすごい。ここは言語を統一したほうが良かったんじゃないの?ただ、たけしは「JM」のヤクザ役のときも英語しゃべんなかったなー。その後、暗殺部隊3人を「ウサギをよこすんじゃねえ」と一人で片付けるたけし最強。

 

脚本が数人の手に渡っているので何度もリライトされたと思われる。一方で監督のルパートサンダースは余程この作品に思い入れがあるのだろう、アニメ版の名シーンの再現度は目を見張るものがある。これみよがしに予告編でも流されている屋上からのダイブとか、光学迷彩スーツを着てのバトル、海での潜水シーン。また押井守作品同様、バセットハウンドが登場する。ただ、コンビニエンスストアはなし。立ち食いうどんもない。「イノセンス」に出てきたトンビのような可変翼飛行機も登場する。あっさり撃ち落とされるけど。9課のメンバーのキャスティングも頑張っている。バトーはいい感じだが、後ろ髪の長いアジア系の俳優を初めて見たとき、「ええ!これがトグサ!」と思ったもんだ。トグサちょっと顔が太り気味。マンガは頬がこけてるんだけどな。また、素子役の山本花織に至ってはほとんど顔は確認できなかった。

 

クライマックスの戦車バトルでは「マトリックス」でパクられた横転しながらの銃撃はなし。戦車に頭を掴まれる役はクゼが担当。でもオリジナル同様、素子は戦車をぶっ壊すときに腕が引きちぎれます。この時のスカヨハの形相がすごい。

 

いつものように前情報無しで観たので素子の母親役の桃井かおりはちょっとびっくり。「あれ?桃井かおりだよね?中国人俳優じゃないよね」と思ったけど後で確認してやはり桃井かおりだった。この母親との関係で素子はクゼとの電脳世界行きを断ったのだろうか。どうでもいいが素子の住んでいたアパート、雛人形とかが飾ってあったぞ。ハリウッドでは、いまだにこんな日本人観がまかり通っているである。

 

エンドタイトルでオリジナルでも印象的だった川井憲次の曲が流れるが、ミスマッチ感アリ。あのオリジナルの独特の不穏な雰囲気にこそ合う音楽で、この派手なハリウッド版にはそぐわないと思った。どうせ流すのなら冒頭の義体生成シーンで流してもらいたかった。

 

一部では酷評され、制作費120億!を回収できないとか。一生ついていきたい映画化と言われればそうではないが、それでも僕はなにか変な魅力をこの映画に感じた。吹き替え版はオリジナルキャストがやるというではないか。だからひょっとして余程暇なら吹き替えをもう一度見るかもしれない。印象はかなり変わるんじゃないか。ただ、やはりラストの展開が予定調和過ぎてイマイチ乗れないのも事実。桃井かおりと親子の絆を確かめるって、ウェットすぎる。素子はもっとクールじゃなきゃ。でも隣の席のカップルの女の子は涙を拭いていたようだった。

悪役が凶悪で(コミックスの相馬享みたいな)、もっととんでもない欝展開になっていたらカルトになっていたかもしれない。

 

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