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音楽と本

タイトル通り音楽と本についてのブログです

ブレードランナーと僕の思いで

 今年の公開映画ラインナップがすごい。個人的にはひょっとして1998~1999年の頃の傑作ラッシュ(スターシップ・トゥルーパーズファイト・クラブマトリックスプライベート・ライアンなどが立て続けに公開された)に匹敵するのではと勝手に予想。

 

 思いつくだけで攻殻機動隊、エイリアン・コベナント、ダンケルク、ドクターストレンジ、メッセージ、トランスフォーマーアサシン・クリード、SWエピソード8・・・そして11月公開!「ブレードランナー2049」。


「ブレードランナー」の続編、映画「ブレードランナー2049」予告編が解禁

 

  今でこそ世界中に数多くのファンを獲得し、めでたく続編公開となる「ブレードランナー」だが、公開された当初は二週間くらいで打ち切られたと思う。僕はその公開当時、劇場で見た一人だ。今でもパンフを後生大事に持っている。

  以下、一応ブレードランナーを観た前提で書きますので、あんまりいないとは思いますが未見の方はネタバレ注意。

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 僕が「ブレードランナー(以下BR)」を初めて知ったのは、中学生のころ欠かさず購入していた今はなき映画雑誌「ロードショー」の記事だった。

 二ページの見開きだったと思うが、そこには例のあのロサンゼルスの未来風景と「髪をブラッシのように刈り上げた」と形容されていたハリソン・フォードの写真があった。ハリソンといえば、当時はハン・ソロインディ・ジョーンズといったヒーローを演じ、飛ぶ鳥を落とす勢いだった。いつの間にこんな映画を撮っていたのだろうと僕は思ったものだ。しかも監督は「エイリアン」のリドリー・スコット!絶対に観る!と誓った僕は、映画館を調べるがBRは全国ロードショーではなかった。

 僕の住んでいた地方都市ではBRは上映されず、見られるのは都心の劇場だけだ。しかし運が良かったことに、ちょうど公開時期の正月には世田谷にある祖母の家に遊びに行くことになっていたので、そのついでに中坊の僕は一人渋谷の東急へ行ったのだった。

 東急の劇場は広かった記憶がある。映画が始まる前の期待感。そして劇場に流れるヴァンゲリスの「ブレードランナーのテーマ」。トクタカ、トクタカという金属的なシーケンサーの反復音にストリングスでメインテーマの旋律がかぶる。そしてティンパニダンドンダンドンダンドン!という響きと共に、ストン!ストン!と挿入されるスネア。あまりに印象的なこの曲を僕はきちんと覚えていて、家にあったエレクトーンでそれらしく弾いては映画の場面に思いを馳せていた。

 しかしなぜかこの映画のサントラは長いあいだ発売されず、僕は長いことこのメインテーマに対して飢餓感を覚えていた。この曲、いつだったか車のコマーシャルにヴァンゲリスバージョではなく、ニューアメリカンオーケストラなるグループの演奏が流れていたがやはり本物には及ばなかった。結局サントラを入手したのは成人してからだ。

 

 そして当時の思い出。劇場は突然音楽が止まり、暗転。例のラッドカンパーの緑の木のロゴが現れるとウィンウィンという不気味な音と共にネクサス6が脱走して・・・の字幕が流れ、そして冒頭の壮大なスケールの夜のロスアンゼルスの光景が!ダグラス・トランブルの屈指の特撮シーンは今見ても素晴らしい。やがてタイレルピラミッドが現れ、カメラはひとつの部屋へと迫っていき、ホールデンがレオンをVKテスト(レプリカント識別のテスト)にかけようとするシーンへとつながる。

 僕は長年ビデオやDVDでこの場面を何回となく観たのだが、そのすべてはビスタサイズで画面の端が切られているヴァージョンだった。その後、ブルーレイを購入した時に初めて16:9の画面で見て、端っこの方からレオンが歩いてくるのに気づきちょっとした感動を覚えた。 

 ホールデンはレオンに撃たれ重症を負う。そしてデッカード登場。龍のネオンがバチバチいうタイミングもわかっている。

 屋台のカウンターでデッカードを呼ぶ日本人料理人とのやりとりがその筋では色々とネタになっている。僕はもう、そらでもこのシーンのセリフが書ける。

「いらっしゃい!なにしやしょうか?」

「ディス、フォー。」

「ふたつでじゅうぶんですよ!」

「ノー。ツー、ツー。フォー。」

「ふたつでじゅうぶんですよ!」

あきらめるデッカード

「アンドヌードル」

といってうどんを追加する。

「わかってくださいよぉ!」

 

 昔、大野安之氏の漫画に「THATSイズミコ!」というのがあったが、そこでのモブシーンに「二つで十分ですよぉ、わかってくださいよぉ」というセリフを見つけておぉ!と思ったことがある。僕も生活の中で、数を数えるシチュエーションに出会うときに、「ふたつでじゅうぶんですよ!」というギャグを何度か飛ばしたことがあるが、未だ誰もそれを理解してくれた人はいない。わかってくださいよォ。

 どうでもいいが、僕は”ヌードル”という発音を長いこと”アンドウドン”と勝手に解釈していた。

 僕はSWやエイリアンのような派手なSFアクションを想像していたのだが、予想に反して渋いディテクティヴストーリーが展開される。デッカードがどんなカッコイイ活躍をするのか、どんだけ銃をハンソロのようにぶっぱなすのかと期待して見ていた僕は少々肩すかしをくらった。後に手に入れた「メイキングオブブレードランナー」によると公開前のプレビズでも同様の反応だったようである。

 「強力わかもと」を始めとするアジア的ヴィジュアル情報がものすごいので退屈する暇はない。前半の派手な特撮は後半になるとなりを潜め、ゾラを殺し、レオンを倒して以降、むしろ地味な印象を受ける。

 JFセバスチャンのアパートでデッカードはプリスと対決する。バク転でデッカードを翻弄し、股に首をはさんだり、鼻の穴に指突っ込んだりしてデッカードを殺そうとするプリス。「笑っていはいけない鬼」の鼻フックじゃないんだから!

 ちなみに初めて僕はこの場面を見たとき、デッカードの首が反対側に回転するので「うわ、首折られた」と思った。実際は体ごと回転しただけなのだが当時は「何で生きているんだ?」と不思議ではあった。

 そして圧倒的に強いベイティーとの対決。デッカード弱い。セオリーとして最後にはデッカードがベイティーを殺すのかと思っていた僕はあのエンディングに驚いた。屋上のデッカードのなんと情けないことか。内股でびしょ濡れ、顔には恐怖がはりついている。この映画はヒーロー映画ではなかったのだ。

 

 思っていたものと全然違った展開に戸惑いつつも、僕はこの映画にすっかり魅了されてしまった。すぐに近所の本屋へ行き、小説を買った。

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 あまりにも有名なディックの「アンドロイドは電気羊の夢をみるか」が原作。映画の公開に合わせてこの表紙になっているが、読み始めた中学生の僕はまたしても当惑してしまう。だって、映画の中身と全然違うから。スターウォーズやエイリアンの小説を読んでいた僕は当然映画のストーリーをなぞったもの、ノベライズを期待していたのだ。しかしこれは原作が先なのだ。だからストーリーも大幅に変えられている。いくつかの相違点をピックアップしてみよう。

 

 ●デッカードは離婚してはいない。

  妻のイーライと共に目覚める場面から小説は始まる。

 ●ムードオルガンなる小道具が登場

  この世界では気分をこの機械によって調節している。

 ●マーサ教という宗教が広く信じられている。

  エンバシーボックスというマシンを通じて人々はマーサなる老人が山へ登る体験を

  共有する。老人は石を投げられそれに当たればボックスを使っている人間も負傷す

  る不思議な機械。危ないじゃないか。こういう小道具で人間の感情移入能力がクロ

  ーズアップされているのだ。アンドロイドたちはこれを使うことができないらし

  い。

 ●バスターフレンドリーという司会者のショーが大人気。

  実はバスターはアンドロイドでマーサ教はインチキだと暴露する。

 ●タイレルコーポーレーションという名称は登場しない。

  ネクサス6を製造しているのはローゼンという企業名。レイチェルはレイチェル・

  ローゼンという名の18歳の女性としてきちんと出てくる。ショーンヤングのイメ

  ージと重なりにくい。VKテストで正体を見破られるのは同じだが、その場で事実を

  知らされる。レプリカントという呼称は映画のオリジナル。

  小説は最初は映画と全然違う動きをするが、このレイチェルをVKテストにかける場

  面はほとんど同じ。非常にスピーディな展開で思わず読み入ってしまう。

 ●デッカードは異様に動物に執着している

  この世界では(映画もそうだが)動物は貴重で、生き物を飼うことがステイタスと

  なっている。デッカードは電気羊を飼っており、いつかは本物を買いたいと思って

  いる。アンドロイドを三体処理し、その懸賞金で山ヤギの頭金を払って買うのだが

  後でレイチェルにヤギは殺されてしまう。不憫。この小説ではレイチェルはむしろ

  ヤな女である。

 ●JFセバスチャンは出てこない。ガフも出てこない。

  代わりにJRイジドアという「不適格者」と呼ばれる人物がプリスやベイティーをか

  くまう。ベイティーは妻がおり、プリスはレイチェルと同じ方のネクサスなので見

  た目、瓜二つということになっている。それゆえデッカードは自分がプリスを処理

  できるか葛藤する。逆にプリスを倒したあとはベイティーを割と簡単に処理してし

  まう。

 ●レオンは登場せずにフィル・レッシュというバウンティハンターが出てくる。

 「ブレードランナー」というのは映画の中だけで出てくる名称。あの「裸のランチ

 を書いたウィリアム・バロウズの同名小説があるのはその筋では有名。レオンのモデ

 ルと思しきソ連警察の刑事に化けたプロコフなる人物がいる。

 

 小説の中でもデッカードはお疲れ気味。賞金稼ぎを辞めたいと思いつつもやめられず、フィルレッシュがアンドロイドが組織したの警察で働いていた事実を知り、自分がアンドロイドかどうかを疑い、自分でVKテストを試す。存在の境界線に悩む人物はディックならでは。映画ではデッカードレプリカントかどうかは曖昧で、監督のリドリーはどうやらそうしたいらしいが、ハリソンフォードはそうしたくないらしい。まさにディック的な議論。続編ではそのへんは明らかにされるのだろうか。

 

 中学生でディックを読んだ僕はSFに興味をかなり持って、クラークとかも読んでみた。けれども正統派ハードSFに進む前に、筒井康隆に出会った僕はまた違う方向へと読書の興味が向いていったのであまりのめり込みはしなかった。

 高校になってハインラインの「宇宙の戦士」をなんとか読み通したがキツかった。その後、早川SFもそれなりに読んだけど、胸を張って自慢できるほどの量じゃございません。でも、今でも時々ブックオフの100円コーナーによさそうな早川SFを見つけると必ず買う。ぼちぼちと読んだ最近の中ではコニー・ウィリスの「航路」は出色の作品だった。これについてはまたいつか。

 

 その後も映画祭やディレクターズカットなどと、ブレードランナーが公開されるたびに僕は劇場に足を運んだ。そして昨日もこの記事を書くためにブルーレイを観たが、驚くべきことに何度でも見ることができる。

 

 さてブレードランナー好きならば大体この本は持っているでしょう。「メイキング・オブ・ブレードランナー」。

 

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 ブルーレイのおまけにもメイキングがあって、この本を併せて読めば大体のことはわかります。いろんな記事の元ネタにもなっている。

 例えばデッカードは最初ダスティンホフマンが考えられていたとか、クライマックスのプリスがバク転するときのスタントは男性がやっているだとか、タイレルピラミッドは実はひとつしか作られなかった等のトリビアが満載。

 ああ、早く11月にならないかな。